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(死ネタです。死んでます。暗いです。注意)










こんな表現を使うのは間違っているとは思うが、豪盛な通夜も終わった。花があんなに多く飾られている献花台というのも、初めて見た。
だが、登はまだ葬儀会場のロビーの隅でぼーっと外を眺めながら座っていた。
結局参加しなかったのか。会場からいち早く抜けてきた俺が横に座ると、虚ろな目がぎょろんとこちらを捉える。すぐ傍の大きな窓が開いているので風が吹き込んでくる。ここは5階だし、眺めも悪くない。ただ、この登の様子は正直、不気味だ。いつもの元気溌剌な雰囲気は一切なくて、まるで別人が中に入ってしまったようにも見える。
学生だから葬儀への参加は制服でもいいのだが、登はまるでこの場に似つかわしくない真っ白い、ドレスともいえるようなワンピースを着ていた。同じく白く塗り上げた爪と、普段絶対に履かないであろう高いヒールのパンプスもまた純白で異端だった。

巻ちゃんが、こんなことになってしまうなんて誰が想像しただろう。
学食のテレビで緊急速報が映っており、飛行機が墜落しただなんて物騒なことを報道していた。まさかと思っていたが、その便名と機体を見た瞬間にハンマーで頭を殴られたような衝撃が走った。
食事をほっぽり出して走って向かったのは、寮の登の部屋だった。彼女は、風邪を引いて学校を休んでいた。
とにかく乱暴にドアをノックしたが返事がないのでノブを捻ると鍵はかかっていない。そのまま開けて名前を叫ぶ。
部屋の小さめのテレビには俺が見たものと同じ番組が映っていて、Tシャツに短パンという極めてラフな格好の登が立ち尽くしていた。
搭乗者の名前が、羅列される。日本からイギリスへの便だ。多くの日本人が乗っていた。
認めたくない名前も、そこにはあった。カタカナで並べられた8文字が、深く胸を穿つ。
登の少し後ろで、俺もまた動きを止めた。それからしばらく学校のチャイムも耳に入らず、フクが呼びにくるまで動けなかった。2時間も経っていたことに、その時ようやく気付いた。
登がおかしくなってしまったのはその時からだった。やたらめたらに「巻島くん」と意味もなく、誰に話かけるわけでもなく呟く。ようやく俺と目を合わせてくれたのは次の日だったが、「巻島くんからメールも電話もないんだよね。どうしたのかなあ、もう着いてるはずなのにね」と光のない目で笑う。その姿にはぞくりと背筋が凍った。同時に、登が壊れてしまったと確信せざるを得なかった。
それから俺は、巻ちゃんについての詳細を彼の親御さんからきいて散々目を腫らし、今日は弔辞までやった。
しかし登は、巻ちゃんが亡くなってしまってから今の今まで、一度も泣いていない。何をしでかすかわからないので一緒にいる時間が長かったのだが、涙は見せていない。
「尽八くんは巻島くんから連絡きてないの?」「なにしてるのかなー忙しいのかな」「巻島くんの声はやくききたいなあ」「尽八くんもそう思うでしょ」
笑顔、笑顔。もう完全に、現実に生きていなかった。認めるとか認めないとかそういう問題ではなく、登は巻島裕介がいなくなってしまったという事象を拒絶して、受け入れていない。彼女の中ではおそらく、なかったことなのだ。
登の従弟であるメガネくんも、今日の彼女の様子を見てぎょっとしていたようだった。それもそのはず、登は彼にも「坂道くんにも、巻島くんから連絡きたら教えるからね」とにっこり笑ったのだ。服装とも相まって、別世界の住人に見えてしまったことだろう。おどおどしながら身を引いていた姿から、気持ちを心底察する。
登の親御さんも残酷だが必死に事実を伝えたり、それでもダメで病院に連れていこうとしたり、いろいろ試みていた。それでも彼女は変わらず「連絡を待ってるの」の一点張りでびくともしなかった。
もしかするとこのまま元の登に戻ることはないんじゃないか。そんな一抹の不安が胸に浮かんでくる。
ちらりと彼女を見遣ると、ずうっと幽かに微笑んでいた顔が曇っていた。

「ねえ尽八くん」

「どうした、登」

「わたし、やっぱり巻島くんのところに行かないとダメだよね」

後悔しているような、どこか達観しているような、そんな表情で登は静かに言った。
俯いているのでよく見えないが、その瞳はあの生気のない虚なものではなく、見慣れているもののような気がする。そう見えるのは、俺の願望か。

「ひとりぼっちで寂しいよね。わたしが行かなきゃダメだよね。寒くないのかな。海の中だっけ。それとも今はもう別のところにいるのかな。そうだといいな。巻島くんなら絶対天国だよね」

「待て、落ち着け」

少しだけ希望を見出した俺がバカだった。とんでもない勘違いをしていたらしい。
登はずっと、正気だった。ただそれをひた隠してきただけだったのだ。正常が異常だと、誰にも気づかれないように。
登の手をぎゅっと握るがなぜかとても冷たく感じて、焦って強く力を入れると苦笑いをされる。もちろん、冷たいわけもなくあたたかい。

「いたいよ、尽八くん。大丈夫、心配しないで」

「心配するだろ、大切な幼馴染だぞ。ダメだ、登。なにをしようとしているか俺にはわかる。ならんよ。お前まで失いたくない」

真剣に、心からそう言った。しかし、登は再び笑うだけ。
一瞬だけ握り返してくれた手はとても温かくて、何故かわからないが涙がぼろぼろ出てきた。
待ってくれ、行かないでくれ。

「ありがとう。でもわたしは大切な恋人が待ってるから。呼んでるから」

「巻ちゃんがそんなこと望むわけないだろう!」

「そんなことないよ。呼んでるから、行かなきゃ」

叫んでも届かなかった。
乱暴に振り払われた手をもう一度握ろうと、必死で握ろうとしたのに、それは叶わなかった。
どうして気付いてやれなかったんだろう。せめて不自然に1枚だけ開いている窓をなぜ閉めなかったんだろう。俺の大声を聞きつけて駆け寄る足音が遠くに聞こえる。
落ちていく登はなぜかゆっくり、羽が宙に舞っているように見えた。真白なその服が、ふわりふわりと。
なあ、登、どうして。
どうしてそんな、哀しそうな顔をしたんだ。それで本当に、お前は幸せになれるのか。
空を切った手にはまだ温もりが残っていて、俺は只々、それを胸に抱くことしかできなかった。





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