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(東堂はひとことも喋りません)










尽八くんの声を聞かずにもう一週間経つ。
大げさな言い方だけど、今まで生きていて一週間も彼の声を耳にしなかったことはないくらいにいつもきこえていたあの少し高めの声。同じ学校になる前も週一で他愛もない会話の電話をしていたので、あながち大げさでもないかもしれない。
真っ白な部屋で天井を向いて目を瞑っている様はそれこそスリーピングビューティーなのかもしれない。
ただし、腕に栄養を注ぐ点滴の管と、口を覆っている人工呼吸器がなければの話だが。
病室に備え付けられている丸椅子に座って尽八くんの長い睫毛をぼーっと眺めていると、ペットボトルを2本手にした巻島くんが戻ってきた。

「あったー?」

「あったショ」

わたしが頼んだジュースを差し出してくれる。財布を出そうとしたら奢ると言ってくれたのでお言葉に甘えることにする。
巻島くんはベッドの逆側に置いてあるパイプ椅子に腰掛ける。ふたりで白い布の塊を挟んで、黙りこむ。ここも病室だし、騒ぐわけにはいかない。
尽八くんがこんなことになってしまったのは、なんというか、最高の不運だった。
こういうとまるで彼が悪いようなので言い換えると、最低の奴にやられた。通り魔というやつだ。
わたしはその時現場に居なかったから詳しくはわからない。近くにいた目撃者と軽傷だった被害者の人の話をややあって耳にしただけに過ぎない。その時、尽八くんは小さな男の子をかばったらしい。その守られた子の母親から話をきいたけれど、なるほどだから背中の、肺のあたりを刺されてしまったんだなあと妙に冷静に納得した。
幼馴染がこんな、ニュースで見るような事件に巻き込まれるだなんて。もちろん、テレビの報道で見ている時も「ひどい世の中だな」とか「コワイひともいるもんだな」とか、そういう月次な感想はあった。しかし、それはあくまで客観的で、あまりにも他人行儀。通行人の目撃者にもおっつかない程のありふれた感情。それこそ野次馬はこんなことを思うのかもしれない。
いざこうして親しいひとがそれに直面してみると、そんなものでは済まなかった。
ショックが頭を撃ち、身体ごと氷水に投げ込まれたような寒くて気持ち悪くて、どうしようもない恐怖に囚われた。
まだ彼が軽傷だったらよかったのに、重傷だ。今はなんとか、重体じゃなくて本当によかったと考えられるくらいには精神状態が回復した。
もう散々泣くだけ泣いたし、学校まで休んでしまった。わたし自身はなんともないのに、いろんなひとに心配と迷惑をかけてしまった。それこそ、尽八くんの親にまで。
どうしてわたしがそんなにショックを受けたのか。それは、彼がこうなってしまった原因がわたしにもあるんじゃないかと思っているから。
あの日、わたしは尽八くんとこんな話をしていた。
「そういえば、うちの高校の近くに土手があるじゃない? あそこから見える夕日がめちゃくちゃ綺麗らしいよ」「ほう、じゃあ見に行くか?」「でも今日は行けないなー先生に用事頼まれちゃった」「そうか、それは残念だな。撮ってきてやろう」「時間があったらよろしく」
彼が刺されたのはその土手だ。時間は黄昏。何より、彼の携帯電話の写真フォルダの最新の画像が綺麗な夕焼けの写真だった。
わたしが。わたしが、彼をこんな目に合わせる引き金を、引いてしまった。
最初の2日くらいはそのことばかりが頭を廻って他のことなんてなにも考えられなかった。けれど、周りのみんなが妙に優しくはげましてくれたのと、久々に話す尽八くんのお母さんから電話がきて、「登ちゃんのせいじゃない。悪いのは全て犯人」そう言ってくれたのが一番緊張を溶かしてくれたかもしれない。(どう考えたってわたしのせいなのに)
それから、お医者さんの、今は眠っているけれど必ず目を覚ますと、自転車にはまた乗れると、その言葉で更に少しだけましになった。
目の前でペットボトルにストローを刺して飲んでいる玉虫色の髪の彼も、口下手なりとも元気づけてくれた。病院で一番エンカウント率が高いのも彼だ。
その、巻島くんがじっとこちらを見ているので思いに耽るのをやめる。

「お前らって付き合ってたショ?」

「付き合ってないよ」

「なあんだ。てっきり、付き合ってんのかと思ってたショ」

唐突に質問をして、どこかつまらなさそうに息を吐いている。
わたしが誰と付きあおうが関係ないではないか。といっても恋人はいないんだけれども。
もっというと、本当は尽八くんのことが好きだった。過去形にしてしまったが、現在進行形で好きである。
いつ好きになったのかはわからない。途中まではただの気の良くてちょっとナルシストな幼馴染だったのに。残念ながら自転車に乗る姿を見て惚れたというわけでもなく、全く憶えのない恋心なのだが、好きになってしまっているのだから仕方がない。
巻島くんはペットボトルの蓋を閉めてサイドテーブルへ乗せ、ベッドに頬杖をつく。ふてぶてしい目つきに、訳もわからず少したじろいだ。

「でも好きなんだろ」

「うん、好きだよ」

きっぱりと答えると眉間に一本、皺が現れる。
端的に表せば、面倒事を押し付けられた時のような表情。わたしを捉える目はすこしだけ鋭い。

「お前ら意味わかんねーショ」

「なんで?」

「別に。いいから、こいつが起きたら告っとけ」

そう理不尽な命令をされたが、こちとら言われなくでもするつもりだ。
できれば尽八くんが目覚めた瞬間に抱きついて好きだと叫びたい。絶対泣きそう。
もう二度とこんな目に合わないようにわたしが守るからとか、ドラマみたいな台詞が口から飛び出すかもしれない。
そもそも、こんなことにならないと告白しようという気にならないわたしの意気地がなさすぎるという話だ。大事なものは失ってから(失ってないけど)気付くというのは本当なんだな。
反省と後悔といろいろ混じって盛大に溜息を吐くと、眠っていたわたしのオヒメサマの瞼がぴくりと動いた。



(こいつら両思いなのに、なんで付き合ってなかったんショ)





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