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「動物園のパンダって大変だな……」

「何がっショ」

相変わらず巨大すぎる巻島くんの家のテレビで、ぼーっとニュースを眺めながらひとりごとのつもりで呟いたらちょっと離れたところから反応された。上裸で新しいティッシュ箱の蓋をぴりぴりと破いている。巻島くんが服を着ていないのは、ついさっきわたしがくしゃみをした勢いでジュースを彼のTシャツにこぼしてしまったからだ。ティッシュを消費しまくっているのもわたし。つまるところ風邪気味である。だから、何かやましいことをしていたわけではない。
ティッシュをケースに入れて、それから持ってきた新しいTシャツを着ながらこちらへ来る。床に胡座をかいていたのだけど、その足をパシっと叩かれる。

「胡座はやめろ」

「親みたいなこと言わないの」

「アヒル座りでもしとけっショ」

なぜかやたらと不満そうに言われたので、仕方なくそのアヒル座りとか女の子座りとか呼ばれている座り方に直す。今日はスカートじゃないからそんなの気にするなと言いたいところだけど、結構わたしの一挙一動に突っ込んでくることが多い。
巻島くんは捻った首から小気味よい音をさせつつ机の傍のくるくる回る椅子に腰掛ける。わたしから離れたな、風邪をもらわないために。
でもさっきわたしの食べかけのポッキーを奪って食べていたので、もう手遅れな気もするけど。

「で、パンダがなんだって」

「え? いや別に大したことじゃないけど。パンダって見世物みたいになってて大変だなって」

確かに可愛いが、そこまでかと。正直リスとかウサギとか、もっと言えばシロクマだって可愛いじゃないか。何故皆そんなにパンダに固執するんだろうか。あの色合いがいいんだろうか。そんなことを言ったらシマウマだって白黒のカラーリングじゃあないの。
わたしの言ったことに対して巻島くんは、確かに。と顎に手を添えてどこか考えている風に見える。

「でも動物園なんか行くと動物はみんな見世物だろ」

「言い方悪いけどそうなっちゃうのかしらね」

「登の言い草だとそうなるっショ」

そんなつもりではなかったのだが確かにそうだ。巻島くんは相変わらずなにか考えている。ところで動物園ってそもそもどういった類の施設なんだろう。観覧施設? そういえばデートスポットにもなっていたりするが、案外お互いの知りたくなかった一面が露呈しそうな場所でもある。例えば、彼氏がめちゃくちゃ蛇が苦手で情けなかったりしてちょっと冷める、みたいな。あ、ちょっと巻島くんと動物園いってみたくなってきた。でもこの男は蛇を首に巻き付けても平然としていそうだ。むしろ似合う。
ひとりで小さく笑っていると、巻島くんがまた口を開く。

「ちょっと前になんか交尾シーンが全国ネットで放送されて話題になってたショ」

「パンダからしたらほっとけってかんじだろうねほんと」

そうそう、その話もしたかった。どんだけパンダにプライバシーがないんだと。
別にパンダに情を移す義理も何もないのだけど、単純にあの映像はお茶の間に流してはいけないものだろう。少なくとも我が家の居間は凍った。
誰が好き好んでそんなものを見なくてはならないんだ。なんで映像までつけたんだ。と、突っ込みたくても誰も発言できないあの空間は最高にいたたまれなかったのを覚えている。
考え事をしていた巻島くんは椅子から立ち上がり、目の前に座る。わたしは足がしびれてきそうだったので体勢を体育座りに変えた。

「つまりアレってハメ撮りだろ?」

「はい?」

重要なことを言いに来たのかと思ったら、とある線の専門用語を言われた。
何を言ってるんだという代わりに足の裏で巻島くんの胡座をかいている足を軽く蹴るとそれを掴まれた。そのまま無理矢理ずるずる引き摺られて致し方なく開いた足の間に巻島くんが収まっているような体勢になった。
そしてそのまま肩を押されて床に倒される。しかし全くドキドキとかはない。この流れでそれはない。

「こういうことすんのを撮るのがハメ撮りっショ」

「しってるよエロ魔人」

誰のせいで覚えなくても日常生活に全く支障のない用語を覚えたと思っているんだか。覚えたくもないのに彼が語るので何度も聞くうちに刷り込まれてしまった。ご丁寧に意味まで。

「だからハメ撮りだろって」

「そんなどうでもいいこと考えてたの!?」

呆れたと溜息を吐くと、くだらなくねーショと口を尖らせるので真剣だったらしい。頭がいいのか悪いのかわからない。自転車に乗っている時のちょっとコワイけどかっこいい姿は完全にどこへやらである。それを助長しているのが蛍光色のラグランTシャツ。なんで左袖が宇宙みたいになってるんだろう。
わたしが微妙な表情を浮かべていると、長い髪が被さってくる。毎度毎度なんのシャンプーを使っているのか聞き忘れる。とってもいい匂いがするのは彼自身の匂いなんだろうか。

「あんまそんな顔されると凹むショ」

「大丈夫だって、ちゃんと好きだよ」

「……っショ」

あ、喜んでる。声が少しだけ踊った。
すうっと髪を持ち上げてさらさらと落としていると目が合う。にやっと口角を上げた巻島くんはそのままキスをしてきた。あーあー、風邪伝染っても知らないよ。
長い口付けを終えると満足そうに微笑んでいる。俯せった彼の綺麗な目を覗くのが、わたしはとても好きだ。

「なあ登、今度ハメ撮り」

「絶対しない」





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