MAIN | ナノ

「うおおおお惜しい惜しい惜しい!」

うるさい。

「なんでもっと走らないんだよ!全力でいけよー!」

ものすごくうるさい。

「よっしゃあああ!はいった!ホームラン!」

「まじかヨ!ちょっと待てベプシ取りに行って見逃したとか最悪だろ」

でも俺もうるさい。ふたりで野球を見ているといつもこうなる。
大学に入ってからというもの、高校の時より大分時間に余裕がある。まさかこいつが俺と金城のいる自転車部のマネージャーになるとは思っていなかったが、そのおかげで共有できる時間が更に増えている。しかし、彼女がマネージャーとなると先輩とかになんか言われそうなので、部内ではそのことは黙っている。知っているのは金城だけだ。
アイツ、口は固そうなんだが福ちゃんと同じく、なァんかちょっと抜けてるところがありそうだから常々注意はしている。が、今のところバレそうになったことはない。
今日は休みなので一人暮らしをしている登の家に来た。他人の家だが、とりあえずのんびりするかとソファに寝転がるとそこにテレビのリモコンがあって、背中で踏んづけてしまった。それによって電源がついたテレビには、プロ野球中継が映しだされていた。試合は3回の表、ピッチャーのチームは3点ビハインド。
その時ちょうどトイレに行っていた登が居間に帰ってきて、今日試合あったの忘れてた! と慌ててテレビにかじりつく。更に、負けてんじゃん! と、残念そうに眉を顰めた。そういえば今守備をしているチームは、登が贔屓にしている球団だった。
というわけで、野球を見ることになった。このパターンは多い。早く見積もっても試合が終わるまで3時間弱、ふたりでテレビに向かってあーだこーだ言い続ける。
行き掛けにコンビニ買ってきて飲んでいたベプシがなくなってしまったので勝手に俺のものもストックさせて貰っている冷蔵庫に取りに行っている間に、登のお気に入りらしい選手がバックフェンスをぶち超えるホームラン。を、打ったらしい。

「大丈夫だって、ハイライトするでしょ」

「リアルタイムで見たいだろそーいうのはァ」

「タイミング悪いんだから、もう」

新しいペットボトルを捻ると、そこから開放された二酸化炭素がプシュッと音を立てる。
床に座っている登の後ろのソファに文句を言いつつ腰を沈めて、顎を彼女の頭の上へ乗せる。腕も肩に乗せて体重をかけると、不満そうな声がする。

「ちょっと、重いんだけど」

「いいだろ別にこんくらい」

テレビでは5回の裏が終わり、球場のグラウンドではマスコットやらチアガールやらカラフルな奴らが蠢いている。
ふと見下ろして改めて気づくが、そういやこいつは今日もジャージである。大学に来るようになってからというものの学校で会う時はスカートなんか履いていたりして、高校時代に着ていたジャージを卒業したかと思いきや、そんなことはなかった。休みの日はこんなだし、この間家の中で高校の指定ジャージを着ていて懐かしいなとよく見てみたら、胸元の名前の刺繍が「東堂」で、喧嘩になったこともある。仲良いのも大概にしろと。
こんな奴でも部内では先輩に持て囃されていることも度々ある。その都度微妙な気分になるが、素直に言うとからかわれるので絶対に言ってやんない。
重い、避けて、としばらく唸っていた登はどうやら諦めたらしく、例えばおぶさる時のように俺の両手首を持つ。まあ俺が登におぶってもらうことなんてないだろうが。

「ねえ靖友くん」

「ンだよ」

「これだけ今まで遠慮無く一緒に見てから訊くのもなんだけど、野球大丈夫なの?」

ぱっと聞き少しおどけたような雰囲気で、しかし本人は真剣な目をしていた。
あの事を、いつだったか話したのは。卒業する前だったのは覚えている。ああ、思い出した。インターハイの後だったか。あの時はまだ付き合っていなかったが、いつも通りコンビニに行ったらたまたま登が居たから、寮まで一緒に帰るついでに話したんだったかな。東堂のヤローがもともと余計なことをこいつに吹き込んでいたから、そういう流れになったんだ。それを話したきっかけが、寮への帰り道の途中にある土手の下でキャッチボールをしている中学生くらいの男子二人を俺が見ていたのを、登が見ていたからだ。
「野球好きなの?わたし見るの好きだよ」「まあ、テキトウに」「靖友くんって野球うまそう」「スポーツは全般嫌いじゃねェ」「野球できるの?」そんな会話だったのをぼんやり思い出した。思えば、その時以降で登が俺のダセェ昔話をつっついてくることは今の今までなかった。気を遣わせていたんだろうか。
視線が全く交わらない体勢のままで、登は俺の答えを待っている。
「野球大丈夫なの?」というのは、アレか。トラウマほじくってるけど大丈夫?の意味か。
そもそもトラウマってなんだ。思い出したら腹が立ってくることだろうか。それとも、悔しくなることだろうか。はたまた、泣きたくなるほど情けなくなることだろうか。
どうだろう。福ちゃんに出会えてから、自分で言うのもなんだが変われたと確信しているし、そういえば野球も抵抗なく見ていた。俺より年下の奴らが野球をしている姿や、甲子園も見てみたが、前の胸糞悪いモヤモヤしたのはなくなった。気がする。
それは登もわかってくれているんじゃないだろうか。俺は感じたことを隠そうとしないし、機嫌が悪いと思いきり態度に出る。
二人で野球を見ている時、そんな風になった覚えは一度もない。
つまり今まで俺と過ごしてきた登の記憶が、答えなんだが。

「ンなこと気にしてんじゃねーぞ」

「それって大丈夫ってことでいいの」

「だァから、気にすんなっての」

言いながら、後ろ頭に口付ける。気付かないだろうが、それでいい。
登はまだイマイチ納得してない風だったが、テレビの試合が再開するとそちらに興味が移った。
金があるときにでもドーム観戦を誘えば納得してくれるだろ。なんとなく計画しながら飲んだベプシは開けたばかりで炭酸がきつくて、舌がぴりぴりとしびれた。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -