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それでも届かないの続き)










驚いて、身じろいで、ミルク色のお湯がばしゃん、と跳ねた。まさかそんなことを言われるなんて思っていなくて、どう返せばいいのかわからない。しかし、頭とちぐはぐに言葉は出てきた。

「それは、あいつが結婚するからか」

「きっかけとしては十分じゃないかと思ったけど、ダメなら今まででいいよ」

ダメなわけがない。
そう言う前に、俺の腕の中で登はぽつぽつと言葉を続ける。
俺の頭はどんどん空っぽになるみたいに、スーッと冷たく冴えていく。ただ、嫌な冷たさではなかった。

「随分前から、尽八くんのことは踏ん切りついてたよ」

嘘のようには聴こえなかった。

「ごめんね、ずっと言いそびれてたの。最低でしょ」

嘘ではなければいいと願った。

「好きじゃなかったらこっちまで追い掛けてこないよ、日本の方が好きだっていうのに」

疲労を感じる声色が、真剣味を帯びていた。
頭の中と反対に、目の奥が熱い。ぽたぽた落ちる涙に気付いた登が、今まで見たことないくらいの優しい笑顔でこちらを向いて、首の後ろに腕が回る。

「謝っても足りないのはわかってる。でもね、ほんとは大好きだよ、巻島くん。……ううん、裕介くん」

最後まで聞き終えるより前に、強く抱きしめてしまった。もう、我慢できなかった。
肌の暖かさを直接感じながらの登の告白は相当沁みた。刺さるほどに、心に飛び込んできた。
状況とか、言っていることがどういうことか分からない気持ちより先に、彼女を好きで好きでしかたなくて、止まらなかった。ずっと心待ちにしていた言葉を貰えたから。もうそれだけで満足してしまいそうだった。

「嘘じゃないんショ」

「ここで嘘ついてたら、わたし地獄に落ちるレベルで嫌な奴だよ」

「いい、それなら俺も一緒に落ちるショ」

クハッと無理矢理笑ってみせると、嘘じゃないから落ちなくていいよ、と困った顔で返された。重かった空気はどこへやらで、そういえば風呂の中で裸だったと今更ながら急に恥ずかしくなってきたけれど、登は俺から離れてくれそうもない。それは、ちょっと嬉しい。
抱き合ったまま濡れている髪を指で梳きながらふと思い出した。彼女が夜に、ひとりで泣いていたあれは何故泣いていたのだろう。てっきりアイツのことで泣いているんだと思ったが、俺のことを好きだと言ってくれるならばおそらく別の理由だ。
お湯はぬるいし、もう少し浸かっていても逆上せないだろう。登をひょいと抱き上げて膝に乗せた。

「なあ、登」

「はい、なんでも答えます」

「畏まんなくていいショ。えーと……たまに、夜に泣いてたの。アレはどうして泣いてたんショ」

何か文句でも言われると思ったのか身を硬くしていたようだが、俺の質問でそれは解けてほっとしているようだ。今更そんな、本人に積年の悪態をつくような男だと思われていたのなら少しだけ心外だ。俺は付き合って欲しいと告げた時からずっと好きだっていうのに。2番手でもいいなら付き合うという、端から聞くと馬鹿げた提案すら甘んじて受け入れてしまうくらい、大好きだっていうのに。
登は俺にじっと見つめらて言いにくそうに後ろ頭を抑え、少しだけ考えてから口を開いた。

「あれは……自分が情けなくて……いや、見られてると思わなかった……」

「バッチリ見てたショ」

にやっと口角をあげるともともと暖かさで上気している顔がもっと赤くなって、眉間にシワが寄る。俺に対して素直な反応をしてくれる登が新鮮で可愛くて堪らなくてもっと虐めたくもなるが、とりあえず話をきこうか。

「うわめちゃくちゃ恥ずかしい……いや、うん。巻島くんのこと好きなのに今更言うのが怖くて、それで巻島くんのこといつも傷つけてるかと思うと悲しいやら悔しいやら、それから自分の嫌なヤツ加減に腹が立って泣いてました」

ごめんなさい、となぜかまた謝りながらバツが悪そうに俯く。
当の俺はというと、全くもって腹など立てていないし、むしろ胸の内のものがストンと落ちた気分だ。
そうか、そういうことだったのか。つまり、多少自分に都合のいいよう解釈させて貰うと、俺のことが好きで困っていたということか。
自然と口角が上がる。今はさすがに本気で、キモい顔をしているに違いなくて手で口元を覆った。登が俯いているのが幸いだった。

「もう、わかったショ。聞いただけで全然気にしてねぇから、そんなしょんぼりすんなって」

どういえば顔を上げてもらえるか少し考えてから言葉にすると、大きな目がこちらを見つめた。こうやって俺だけをいつも見ていてくれたのかと気付いてしまえば、悦に入ってしまう。これからの同棲生活を想像するだけで夢のようだ。

「ねえ巻島くん」

「なんショ」

「改めて両思い記念に、告白してほしいなって」

照れくさくて堪らない、そんな表情でお願いされて、断れるわけもなかった。
そういえばふと思い出したが、東堂から登に届いた手紙はなんと書いてあったのだろう。
まあいい。風呂から上がったら、リマインダー付きでカレンダーに記念日だって登録しないといけないショ。


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拝啓、登。元気にしているだろうか。
日本はすっかり暑くなって、もうすぐ夏になる。夏という季節は相変わらずいいものだぞ。若かった頃を思い出すよ。まあ、まだ若いが。
ロンドンの夏はどんなかんじなんだ? もし時間ができたら是非行ってみたいよ。

さて、この度俺はめでたく結婚することになった。見合い結婚だ。家柄的に、そうなるもの仕方あるまいよ。
俺は昔から登と結婚したかったし、付き合っていたこともあったなあ。でも、登は巻ちゃんが好きなんだから仕方ないよな。俺も巻ちゃんが好きだ(勘違いするなよ、もちろん友達としてだ)から、二人が仲がいいのは嬉しいぞ。
でも登、お前はもしかすると巻ちゃんにまだ本当の気持ちを伝えていないのではないか?
よい機会だ、俺のことを理由にでもして伝えてしまえ。
いいか、登。相手に本当の気持ちを伝えないなんて、そんなことはならんよ。
きちんと好きだと伝えるんだ。そうでないと、俺も浮かばれんからな。
いいさ、こっちはこっちで幸せになってやる。後から俺にしなかったことを悔やむんじゃないぞ。

じゃあ、これで。またメールなり電話なりする。
今度日本に帰ってきた時にでもふたりでまたうちの旅館に遊びにきてくれ。
でも今は、目の前のやらねばならんことをきちんとするのだぞ。

敬具





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