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(本編IH後のネタバレを含みます)










手嶋くんはしっかりものだ。今日も学校帰りにわたしの家に来ているが用意周到にお泊りセットを持参している。
高校3年生なんだし、これから夏も始まるし、忙しいだろうにわたしのところに来るのをやめようとしない。ただ、流石にわたしが高校を卒業してからは会う回数は減っている。彼が来るのは決まって金曜か土曜、部活が終わってからなのでとっぷり暗くなっていることも多い。距離が結構あるから仕方ない。が、だからこそ無理をして来てくれなくてもいいのになあ。

「登さん、ココアできたよ」

「ありがと」

テーブルには大学のレジュメがわんさかのっていたので、慌てて避けるとバラバラ落ちた。手嶋くんは苦笑いして手にしていたふたつのマグカップを置くと、落下してしまった紙切れたちを綺麗に揃えて渡してくれる。
申し訳ないと思いつつも、彼がいると何かと行動が粗雑になる。そして、それをフォローしまくって貰っている。年下に甘えるのもどうかと思うけれど、彼、手嶋純太にはどこか頼ってしまいたくなるオーラが漂っている。というのは体の良い言い訳なんだけど。

「最近、大学はどう?」

「んー、高校よりすごい自由だよ。大教室の授業だと寝ててもばれない時あるし」

「それは羨ましい限りだなあ」

大学で出来た友達に、彼氏はいるの? というありきたりな質問をされて、かっこいい年下の彼氏がいると答えたのはつい二日前の話。そして、そのことを電話で教えると「俺なんかより田所さんのほうがかっこいい」なんてお決まりの文句を言っていた。彼は田所教信者だ。そんなことをいうとわたしが田所くんと彼を尊敬しまくっている二人を馬鹿にしているかのようなので断っておくが、そんなことは決してない。総北の元3年生トリオは寸分違わず皆かっこいい。もちろん、わたしの出身校である箱学の元3年生カルテットもかっこいいけれど。ああ、田所くんといえば、彼の家のパンはとても美味しいことを思い出した。今度、休みにでも久しぶりに行ってみよう。
ところで、わたしが年上にも関わらず、手嶋くんがフランクに話しかけてくるのはそう話して貰うよう頼んだからだ。根が真面目そうな彼に敬語で話しかけられているとムズムズしてくるのがその理由である。最初は少しギクシャクした話しぶりだったけれど、今ではすっかり慣れていてくれて嬉しい。しかし名前の後の「さん」は、特別な時以外は外してくれない。まあ、わたしも相変わらず苗字で呼んでいるので、そのへんはお互い様。
で、その根が真面目そうな彼氏はというとふたりがけのソファのわたしの隣でじっとこちらを見てきている。

「どうかした?」

「いいや。理由はないけどなんとなくだよ」

くるくるパーマの髪がふわりと揺れる。天然らしいけれど、女子としてはその巻かれ具合がなんとも羨ましい。
特に意味もなくこちらを見るのはダメとは言わないが、落ち着かない。ので、手嶋くんが作ってくれたココアを一口いただく。何故か、彼の作るココアは美味しい。この間何の気なしに自分で作ってみたが、いまいち美味しくなかった。それ以来、家でココアを飲むのはこうして手嶋くんが来てくれた時だけだ。
ついつい、もう一口と飲み進めていると、急に肩に重力がかかる。どういうことかというと、手嶋くんがわたしに寄りかかってきた。

「なあ、登」

「なにかな、純太」

「キャプテンって、楽しいけどしんどいよ」

「それはそれは、ご苦労様」

名前で呼ばれたので、名前で返す。大人びている手嶋くんが弱音を吐くのは珍しい。
んー、と篭った声を上げながら少し俯いているので、カップを置いてウェーブの髪をぽんぽんと優しく叩いてあげる。そのまましばらく猫の背を撫でるように手を滑らせていると、いきなり肩が軽くなった。重さは膝の上に移動している。

「今日はどうしたの」

「たまにはいいだろ。俺だって年下だから、甘えたくなる時だってありますよ」

「そうやって年下を有効活用するんだから。まあ、いいけどね」

わざとらしく使う敬語は少し嫌味っぽくて、そういえばこの子結構腹黒だったな。
気ままなネコのようにわたしの膝の上で仰向けに寛いでいる。目も瞑っていて、放っておいたらこのまま寝てしまうんじゃないだろうか。それは少し困るけれど、まあ足が痺れる程度は許してあげなくもない。
2年生の時よりもこういう弱気な手嶋くんを見ることは多くなった。それだけキャプテンの重圧は大きい。まして、去年のインターハイ優勝チームを引き連れる筆頭になるかもしれないのだ。もうすぐ合宿で、いよいよメンバーも本決まりする。メンバーに残れなかったらどうしよう、なんて弱気な言葉は絶対に漏らさないけれど、不安なはずだ。
わたしは、手嶋くんが最後のインターハイで親友の青八木くんと走るところを是非見たいんだけれど。
理想を思い描いていると、手嶋くんの目が開いていた。今度はこちらを見ずに、天井を眺めている。

「彼女にインターハイでいいとこ見せたいとか、そんなんじゃなくてさ」

「うん」

「最高の夏にしたいんだ」

すっと天井に向かって伸ばした手嶋くんの手は、夏の太陽が眩しくて光を遮っている仕草に見えた。彼の瞳には、真っ青な晴れた空が広がっているんだろう。
はやくもっと暑くならないかな。青春を共有させて貰っているわたしは、きっとラッキー。
彼の真似して上を向くと、あったかい掌がわたしの手に重なった。




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