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登がこちらに越してきて、更に箱根学園の寮に入るということなので、いろいろ教えてやろうと新たな佳月家にお邪魔している。
出迎えてくれたのは久々に会う登の母親で、ごめんなさいね。と唐突に謝られたので何かと思っていると、奥から寝癖で髪がハネまくっている歯ブラシを銜えたジャージ娘が出てきた。
一瞬呆れたが、昔から変わっていないことだ。それに、部活をやめたせいで気が緩みきっているんだろう。歯を磨く手を止めてあくびをし、適当に上がって待っててとだけ残してまた引っ込んでいってしまった。そんな幼馴染に対して、おいおい……と零していると、おばさんが再び謝りながら中へと促してくれたのできっちりと靴を揃えて上がらせてもらった。遠くから「わたしの部屋いってて」と告げられたので階段を上がる。
名前のプレートがかかったドアを開けてみると、引っ越してまだそんなに経っていないというのにダンボールは少なかった。特に綺麗なのは本棚。天井まで続く大きな棚に、カラフルな背表紙が並んでいる。
くるりと振り返ってみると、コルクボードには笑顔が溢れていた。登の、前の高校の写真で埋まっている。女子高と聞いていたが男子が写っている写真もある。他校と合同練習でもしたのだろうか。
トロフィーを掲げているものや、賞状を持っているのも沢山ある。そのどれもに、登と、彼女の友人たちが弾けるような笑顔で一様にこちらを向いていた。
もっと近づいて眺めようと踏み出すと、ドアが開く。

「ごーめん、さっき起きて……ああ、写真。いいでしょ」

流石にジャージは脱いだらしい。薄手のセーターにジーンズだが、先ほどよりかは幾分マシだ。そうしてちょっとマシな格好をするだけでも見栄えがいいんだから、ちゃんとした服を着ろと注意したのは中学の時だったか。その時に「わたし尽八くんとは絶対結婚したくない」と言われたのは今でも覚えている。もちろん俺は心に傷を負ったが、そんなことに気付いてくれるわけもない。
部屋の主はすたすたこちらへ歩いてきて、コルクボードに貼られている写真を一枚引っぺがした。
何かと思って登の方を目で追ったが、ほら見てと指さしたのはその下に隠れていた写真だった。
そこには俺の実家である旅館の入り口で、ピースサインをしている幼稚園くらいの男の子と女の子が居た。もとい、昔の俺たちだ。

「懐かしいでしょ」

「こんなものまであるのか……この頃は、出会った当初だな」

「うちのお父さん、写真撮るのすきだからね。なんかまた新しいレンズ買ってお母さんに怒られてた」

「相変わらず仲がいいな。いやしかし、幼い俺も実に美形だな」

「それ自分で言わないほうがいいって」

黙ってりゃかっこいいのに。付け足された言葉に不覚にも少しだけドキっとしてしまう。普段の登は、なかなかそんなことは言ってくれない。懐かしい気分につられて出てきた言葉なら、それはそれはもうこの写真に感謝せねばならん。
俺が腕を組み直すと、登は更にもう1枚、写真を剥がす。

「これもあるよ」

そこに居たのは、先程に比べると随分最近の俺たち。去年のヒルクライムの試合で優勝した時のものだ。登が住んでいたところから比較的近くで試合があったので、ダメ元で良かったらたまには見に来ないかと誘ったら本当に来てくれた試合だ。おまけに家族を連れて。
……ん? よく見るとちょっと後ろの方に巻ちゃんが写ってないか? 目を凝らして覗きこもうとすると、俺が見ていた一点に爪が短く切られた指が乗った。

「この緑頭って巻ちゃんくんでしょ」

「なんだその呼び方は。奴の名前は巻島裕介だぞ」

「じゃあ裕介くんか」

「急にそんな親しげに呼ぶのか」

胸の奥がチリッと焼けたが、それを露わにするのも恥ずかしいので耐える。
そういえばこの時、登と一緒に居たのを巻ちゃんに見られたはずだ。そして、珍しく向こうから話かけてきたと思ったら、相変わらずのニヤけ顔で「クハッ、彼女かよ。いい趣味してるショ」と何故か褒められ(?)た。登にこれを教えたら、彼女じゃあないんだけど。とふくれっ面になること請け合いなのでこのことは黙っている。しかし、一向に俺のことを幼馴染以上に見てくれないのはなんでだろうか。そんなに男として魅力がないのだろうか。
それから、どうして俺と撮った写真は他のものの下に貼っていたのか気になる。尋ねようとすると、上から言葉を被せられた。

「ところで今日って泊まっていくの」

「え? ああ。春休みだし、大丈夫だ」

「ほんと。じゃあいっぱい話せるね」

この言動がもう、男扱いではないからな。慣れきってくれているのはそれはそれで、喜べばいいのか。それとも悲しめばいいのか。登はというと、さてそろそろやるかーと本棚の隣にあったダンボールを引っ張ってくる。半分くらい、もう本が入ってる。本専用か。どれだけ持っていく気か知らんが、かなり箱が大きい。まあいい。向こうに持っていった暁には俺も何か貸してもらおうか。
どういう基準で選んでいるのかは謎だが、本棚から虫食いに本を引き抜いていたので詰めるんだろうなと思ったら、あろうことか床に座って読み始めた。

「ちょっと待て、なぜ読むんだ登」

「え? いやーだって、こういうのって仕舞う前に読んでおきたくなるでしょ」

同意を誘いながら笑うその隣には4,5冊本が重なっている。漫画ではない、文庫本だ。そんなものをいちいち読んでから仕舞っていたら進む作業も進まんではないか。
尽八くんも読む?と手渡されたのでああ。と答えながらそのまま箱に入れた。

「あっ あー! ちょっと!」

「ちょっと、ではない! 読まないでさっさと片付けろ!」

ちぇーと唇をとんがらせて立ち上がる姿を横に、ため息を吐きながらダンボールにまた1冊、本を入れた。
全く、せっかく引っ越しの手伝いに来たというのに手を動かしているのが一人では意味がないじゃないか。
ふと目を落とすと、箱の中にはしっかりと衝撃吸収素材が貼り付けてある。お前にこんなに大切に扱われている本たちにさえ、俺は嫉妬しそうなんだが。これから同じ高校か。毎日登に寄り付く男たちを払いのけねばならんと思うと、もう一度ため息が出た。




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