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変な気を遣わされて、東堂が余計なことをした。
いや別に、余計でもないのだが、お前にされたくねえよ、みたいな。
別に登と来たくなかったわけでもないが、どうせならインターハイに行ったメンツとか、そういうのもあるだろうが。(そう言ったら、「何を照れているんだ巻ちゃん!」と鼻で笑われた)
そんなこんなで、登と二人で箱根の旅館に来ている。東堂の知り合いの人がやっているところらしいのだが、何故東堂の家ではなくここを紹介された(というか勝手に予約をとられた)かというと、最近テレビとか雑誌とかでもちょこちょこ目にする家族風呂というのがあるところだからだ。
まあ何だ、イギリスに行く前に二人でゆっくりしろということなんだろうが、俺としてはなんということをしてくれたんだという気分である。
登と風呂になんか入ったことがないし、恥ずかしいし、どうしろというんだ。
当の登本人はそんな俺を他所に、温泉嬉しいなあ〜なんてのほほんと笑っている。
俺も温泉は好きだが、登は俺と入ることに全く抵抗がないということなんだろうか?そりゃあお互い裸は見たことがあるけれど、風呂でとなるとまた別の話だ。何がって、いろいろあるが一番に上げるなら明るいことだろう。薄暗い中でしか見たことがない登の身体を見たくないんじゃない。むしろ見たい。たがしかし、風呂に入りに来ているのであって登の裸を見に来たわけではないのだ。そんな邪な理由ではない。
どうして俺がこんな女々しくなりつつも男の欲望丸出しの葛藤に陥らないといけないんだよ。
いつもの癖でガシガシと頭を掻く俺の隣で、登は饅頭を食べている。
そもそも荷物を置いて隣に座った時も、あれ、広いのにそっちに座らないの? なんて真顔で向かい側を指で差されて地味に傷ついたなんて言えない。

「んふふおいしい。温泉で食べるおまんじゅうって何故かやたらとおいしいよね」

「……そうだな」

「ん? どうかした?」

「なんでもねえ……ついてるっショ、ほら」

もぐもぐと饅頭を食んでいるその頬に、どうやってつけたのか餡がついていた。
ひょいと指で掬ってそれを舐めてこしあんか、なんて思っていると、登はまた口を閉じたままふふふと笑う。
ほっぺたを膨らましながら食べている様子がなんだかハムスターみたいに見えてきて、さっきまで頭の中で渦巻いていたことがどうでもよくなってきた。隣の彼女は食べ終わったらしく、お茶を啜ってから俺のTシャツの裾を軽く引く。

「相変わらず巻島くんの服は個性的でカッコイイよね」

「褒めてんのかあ、それ」

「すごく褒めてる。から、今度またわたしの服選んでね」

「あー、向こうに似合いそうのがあったら送ってやるっショ」

このやりとりの先にあるのは俺のイギリス行き。今はこんな風に大分落ち着いて話しているが、イギリスに行くと登に話してから数日は、電話するなり泣き出してしまったりして困ったものだった。その理由といえば、俺があっちに行くということで振られると思ったかららしいのだが。もちろん登を振るつもりなんて更々ないし、欲を言えば連れて行きたいくらいだが登は登で大学を目指している(志望が金城と同じだったはずだし、たしか推薦狙いだったな)からそれを邪魔することは出来ない。
Tシャツを掴んでいた筈の小さな手がいつの間にか俺の指と絡まっていて、ああこういうことすら当たり前に出来なくなってしまうんだなあと考えてしまって少しだけ胸が痛んだ。

「巻島くん」

「2人の時は名前で良いって言っても登はなかなか呼んでくれないショ」

「えー、だってなんか、恥ずかしい」

「東堂とか箱学の奴らとかは名前で呼ぶのに、不公平っショ」

「それはまた全然違うんだって! 好きな人が相手だとなんか恥ずかしくなるんだってばー」

普段、少し抜けているが剛毅で俺より男らしい登が照れることなんて稀なのだが、今は顔を赤くしているようだ。
その証拠に俺の横に抱き付いて離れない。顔を覗こうとするとぱっと手で隠す。いつも思うが登の恥ずかしがるポイントは少しずれている気がする。かといって無理矢理顔を見ようとすると本気で嫌がられたりする。それは遠慮したいので頭を撫でてやると、もそもそと動いて胡座をかいている俺の膝に、後ろ向きに座った。

「また、なんでそんなことが恥ずかしいんだかーとか考えてるでしょ」

「考えてるショ」

「ワッハッハ、どうだ巻ちゃんまるでエスパーだろう」

「急に東堂のマネすんな」

しかもちょっと似てるし。わざわざ額にかかっている前髪を手で押さえるという一手間もしていた。
ツッコミがてら肩を小突いたら他の人もできるよ。と楽しそうに言われたので丁重にお断りした。気になりはしたが。
少し振り向いてくつくつ笑っている登を眺めていると、もうどうしようもなく離れたくなかった。しかし、いくらそう嘆いても自分で決めたことを今更撤回するわけにもいかない。だからせめて、傍に居られる間にこの柔らかいにおいとか、暖かい身体とか、明るい声とかをしっかり刻んでおかなければ。
それでも、ため息が出るのはどうにも止められなかった。

「離れても大丈夫だって、バイトしてお金貯めて、会いにいってやるから待ってなさい」

「そういうのは俺のセリフじゃねーのか」

キメ顔で腰に手をあてて胸を反らした結果、俺の膝からおっこちそうになったのを支える。それにしても、登が男だったら女にモテたんだろうなとしばしば思うことがある。ああでも、男だったら付き合えないし、困るな。
どうでもいいことを考えていると、支えるために胸の下に回した手を掴まれた。

「単純にイギリス行ってみたかったりして。ちゃんと案内できるようになっててよ」

「まかせろショ」

「魔法使い居るかな」

「居たら知り合いになっといてやろうか」

「大丈夫かなあ巻島くんのコミュ力で」

冗談織りなす会話の中で俺に失敬なことを口走りながら、登はテーブルの上に置いてあった携帯を手にした。言われたことに関しては、正直あまり言い返し難いのでスルーする。大丈夫だっての。……多分。
俺に比べるとコミュ力がものすごく高い失礼な恋人は、パチン、とスライドさせた携帯でカメラ機能を起動し、うまくいくかなあと呟きながらカメラのレンズをこちら側に向けた。因みにこいつの待受は俺んちの犬だ。一時期、俺を待ち受けにしようとしていたのでそれは全力でやめさせた。

「自撮りってやつか」

「まあ、二人だから記念写真みたいなものだけどね。嫌?」

「しゃーねーな。登ならいいっショ」

わざとらしいくらいさも仕方なさげに肩を竦めると、ありがと。なんてお礼を言われる。
それから、あっちに行ったらわたしの写真送ってほしい? と聞かれたので、カメラのシャッター音とほぼ同時に、今度は俺らしくもなく素直に、いっぱい送ってくれ。と答えてしまった。
こいつを感じられればなんでもいい。きっとひとりで、誰にも知られずに泣くだろう、俺は。

「これからお風呂入りたいのになんか離れたくなくなったよ」

「奇遇だな、俺もショ」

「どうしよう」

「こうするショ」

登が首をかしげた瞬間に、抱いて立ち上がる。色気のない悲鳴が聞こえたが、そういうところも含めて全部好きだ。かわいい。恥ずかしくてなかなか言葉にはできないが、照れ笑いをしている腕の中の恋人には、おそらく伝わっているはずだ。いや、伝わってる。
東堂に関して、いらない気を遣ってくれたと半分憤慨していたが撤回しよう。意地っ張りな俺の気性がアイツに把握されているのは気に食わないが。それでもこの時間をくれたことには、感謝しなくちゃならねーな。

「明日腕が筋肉痛になったらごめんね」

「そんなヤワじゃないショ」

「ははっ かっこいい」

にたっと歯を見せて笑う登の顔を、これから一生俺のものにするにはなんて彼女にお願いすればいいんだろう。
イギリスに行く前に考えておかないといけないか。英語の勉強以外にややこしい悩みごとが増えてしまった。
俺はイレギュラーだ。ありきたりな言葉じゃつまんねーから、とびきりのを用意して、びっくりさせてやるっショ。




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