MAIN | ナノ

また、総北高校に遊びに来た。
正直箱根学園からはそこそこ遠いけれど、従弟である小野田坂道くんが部活を頑張っている様子を見に来るのはとても楽しい。あれだけ、運動部のひとはコワイんだ! と同じく元運動部であるわたしにまで言っていた彼が、まさか自転車競技部に入るとは。しかも、総北高校といえば幼馴染である尽八くんのライバルがいる学校だ。ただ、わたしは別に箱根学園の自転車部のマネージャーでもない(たまに覗きには行くけど)ので、情報を盗みに来ているわけでもなく、ただ純粋に見学しているだけだ。
今日は少し早めに着いてしまった。学校のグラウンドを眺める限り、各々の部活が準備に取り掛かっている。たまには部室の方にでも行ってみようかな。でも見つかったら部外者は出て行けと、お固そうな雰囲気の部長さんに怒られるかしら。
いろいろ考えながらも結局、校舎から少し離れた総北高校自転車競技部の看板がある小屋の前まで来てしまった。さすがに勝手にドアを開けるようなことはしないけれど、ちょいっと窓から中を覗いちゃったりなんかしてみたり……

「あれ、イトコ先輩や」

窓へ近寄ろうとして足を踏み出した瞬間。急に後ろから聞き慣れた声が聞こえてきて、驚いて振り向けば真っ赤な頭。すごく派手な色だけど、彼には似合っている。彼が私をイトコ先輩と呼ぶのは、わたしが坂道くんの従姉だからという単純な理由。名前を覚えてくれていないわけではないらしい。

「びっくりさせないでよ鳴子くん」

「びっくりしたんはこっちです! なんでおるんですか」

「今日も遊びにきただけだよ」

部室で、着替えようとしていたんだろう。もうはや制服のシャツのボタンが全て外れている。スピードマンはそこまでスピードにこだわるんだろうか。
鳴子くんはこのへんでは聞き慣れない関西弁で話す。転勤でこっちに来たらしいから、少しだけシンパシーを感じている。勝手に。
彼がここに来たということは、そろそろこの部活のメンバーも揃って準備を始めるということだろう。邪魔をする気はさらさらない。むしろ邪魔にはなりたくない。

「鳴子くん来たし、もうちょっとささやかに見学できそうなところに移動するよ」

「そないなこと言うて、ほんまは誰かおらんか部室覗こうとしとったんでしょう? イトコ先輩エッチやな」

「男のハダカ見ても楽しくないんだけど」

いやーん、と変な声を出しながら近寄って来られると、反射的に避けてしまう。そんなわたしの様子を見て、冗談ですって、カッカッカ。笑いながら、鳴子くんはわたしの手首を掴んだ。

「ん? なに?」

「せっかくだから中入ったらどないですか」

「そんな自分の家に招くみたいに」

「ええからええから」

良くないんじゃないの。嫌だよわたし怒られたくないのに。まあいいか、いざとなったら坂道くんに助けてもらおう。
ドアを開けるとまあ、なんともいえないにおいが鼻孔に滑りこんできた。男子運動部の部室なんて汗臭くてなんぼだから仕方ない。それでも、中は片付いていて綺麗だし、言うほど臭いわけでもない。どちらかというと制汗剤の粉っぽさがあるかもしれない。きちんとしているのは、やはりあの厳しそうな主将さんの存在有りきなのかな。
ふーん、と感心しながら結局中に入って部屋を見回す。この高校のサイクルジャージ、結構好きだ。黄色と赤が派手で―――派手といえば、わたしをここに入れた張本人は何をしているんだろう。掴まれた手はとっくにはなれている。振り向くと、そこに半裸の鳴子章吉がいた。

「ブォッホッ!! 振り向かんでくださいよ!!」

「照れなくてもいいじゃない、少なくとも水泳とかする時男子はいつも半裸じゃん」

「そ、そらそうですけどー! なんか、それとこれとは別ですわ!」

こう見えて繊細なのかしら。意外な一面もあるなあ。わたしがじっと見ていると動きを止めてしまうので、仕方なく背を向けてあたりを視線で物色する作業に戻る。
どれが誰の自転車かは、もう大体覚えた。ここでも一番目立っているのは、やはり後ろで着替えている彼の真っ赤なPINARELLO。

「もう終わったんでこっち向いてもろてもええですよ」

「んーでも、鳴子くんの自転車見てるからー」

「せやったらそのままでもええです」

かっこええでしょ、と嬉しそうな声が後ろからするので、そうだね。と答える。
よく手入れされてるなあ、としゃがんでもっとよく見ようとしたら、変な衝撃が身体に走った。どかっと、背中に鈍い痛み……とくると殺人事件のようだが、そんな刺されたみたいに激痛が走るわけでもなく、体育の授業中のマット運動でデングリ返しをした時くらいの軽い当たり。
背中がぽかぽかあったかくなってくる。鳴子くん、体温高いなあ。

「あ、あの! えっと、その、スンマセン出来心なんやけれども」

「出来心で突進してこないでよーもー」

「せやかて、……イトコ……登先輩が、ワイの気持ちに応えてくれへんから!」

こうして彼にアタックされるのも何度目になるだろう。一目惚れやわ! から始まって、冗談めいた明るさで告白され続けてきたのでひらひら躱してきたけれど、こうしてがっしり捕まえられて普段呼んでこない名前まで呼んでくるところ、さすがに本気らしい。そろそろ意地悪するのもやめようかな。

「それはやっぱり、彼女になってほしいってことなのかな?」

「せやって言っとるやんか! なのにいっつもはぐらかして!」

わたしを抱きしめる彼がちょっと涙声になっているような気がしてきて、これはまずいと腹に回っている手を握ってあげる。見かけよりもずっとしっかりした、男らしい手。

「ごめんて、ごめん。本気で避けてたら、わたしはここに来ないって」

「ワイ、ほんまに登先輩のこと好きやから。一目惚れやけど」

「それはどうも、ありがと」

最初は本当に、めっちゃ好みやねん! とか言われて、変なナンパみたいだからやめてと言ってはいたものの、メールアドレスを交換してからメールはしていたし、たまに今日も来るんですか! なんて電話も昼休みに来て、わたしとしてはもう半分付き合ってるようなもんだと思っていたんだけど。彼的にはそうではなかったらしい。

「やから、今日こそちゃんと返事ください」

「いいよ、付き合お」

「ふぉあ、よっしゃあああああ!!」

「痛い痛い痛い痛い」

あっさり了承したことに突っ込まれるかなと期待していたが、嬉しさが勝ったらしくて雄叫びを上げながら恨みでもこもっているのではないかというレベルに強く抱かれる。これが今までわたしが軽くあしらってきた分の痛みだというのならもう土下座して謝るから、開放してほしかった。けどまあ、勢いがありすぎるのも含めて鳴子章吉かな。
そんなこんなで改めて鳴子くんとお付き合いすることになったわけですが、それは既に総北自転車部の3年生にはバレてしまっているようです。
さっきから坊主と巨体と緑が窓の外からチラチラ見切れていて、こちらを伺っているのは一目瞭然だった。それを鳴子くんに伝えようか迷っていると、頭を押さえられて頬にちゅーをされた。どうやら彼にはわたししか見えていないみたい、なんて自惚れも、たまにはしてもいいんじゃないかしらね。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -