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「あ、先輩だ」

屋上のドアを開けると聞こえてくる爽やかな声に対して、わたしはさぞ嫌そうな顔をしていただろう。
正直に言うと、彼は苦手だ。何を考えているかわからない。荒北靖友は彼を「不思議チャン」と呼ぶが、まるでその通り。

「先輩も、よくここ来ますよね。いいんですかサボって」

「計画的にサボってるから大丈夫だよ」

何故か懐かれていて、やたらと近くまで寄ってくる。まるで犬……いや、気まぐれで謎めいているところが猫っぽいかもしれない。
グラウンドでは体育が行われていて、わいわいガヤガヤと、男女入り乱れた声がひっきりなしに聞こえてきた。わたしはそれをサボってきたのだけれど。

「佳月先輩」

「なにかね真波くん」

「いえ、なにも」

人を呼んでおいて「なにも」とはなんだ。しかし、いつものことなので慣れてきてしまった。
保健室が第一候補だけど、そこに行ってサボろうとする場合仮病の演技をしなくてはならなくて、つい先日同じクラスの新開くんにそろそろやめたほうがいいぞ、それ。と苦笑いされたため、第二候補の屋上にチェンジした。その結果、こうして真波山岳と過ごす時間が増えてしまった。先も申し上げました通り、わたしは彼が苦手だ。
でもそれは全く伝わっていない。真波くんはにこにこ笑いながらいつも通り、隣に腰掛ける。ずれると露骨に嫌っているようなのでしたくない。感じも悪いし、苦手であって嫌いではないし。
これから屋上に来る度に会うのだろうか。どこか別の場所を探そうか。そんなことを考えながらうーん、と首を傾げているととんでもない距離に大きなビー玉が転がっている。違った、真波くんの瞳だ。

「うっわ、近い! なに!?」

「佳月先輩が考えごとしてるから、なにかなって思って」

「近づいたらわかるってものでもないでしょ」

なるだけ顔を遠ざけようとしたが、後ろに引こうにも壁なので横にずれようと腕に力を入れると、いきなり肩を掴まれた。やだ、ほんとこのこなにかんがえてるかわからない。ちょっとコワイ。

「先輩って付き合ってるひととか居ます?」

「いや、いないけど」

「東堂先輩と仲良いですよね」

「それは幼馴染だからだよ。真波くん委員長ちゃんと仲良いでしょ、それと一緒だよ」

じーっとまっすぐ見つめられて変な汗が出てきたところで、ぴょこんと跳ねた髪を少し揺らして「よかった」とまた笑う。何が良かったんだろう。そして、肩から手は離してくれていない。痛いわけではなく、逆に妙に優しく触られているのが落ち着かない。
困ったな、とりあえず素直に避けてと言ってみよう。しかし、口を開くよりも前に、真波くんの両手がわたしの頬へ移動した。

「彼氏がいないなら、俺が先輩にキスとかしても誰にも怒られないですね」

「はい?」

そう言うや否や、一瞬視界がとても暗くなった。どうやらキスされたらしい。
わたしは顔を赤くするわけもなく、ひたすら眉間に皺を寄せていた。なんだろう、この、毎日帰り道に通る家で飼っている犬に妙に懐かれて、べろっと舐められたような感覚は。いや、感覚というか、事実。真波くんはキスをし終えたわたしの唇を名残惜しそうにぺろりと舐めた。何してるんだろうこの後輩は。

「照れないんですか?」

「いや、困ってる」

「喜んでくれるか、照れてくれるかって思ったんですけど」

「最初の希望的観測すごいね」

喜ぶって、まあ、確かに真波山岳という男の子は綺麗だ。煌めく青掛かった黒髪、ぱっちりと大きい目、整った鼻に、笑うと白く覗く歯。女子に人気らしい。あれだけナルシストな幼馴染が俺と人気を分けてしまいそうで困るなんて零していただけはある。ただ、正直残念なイケメンだとわたしは勝手に思っている。
だって、唐突にこんなことしてくるあたり、とんだ不思議チャンだよ本当に。それでも少女漫画に夢見る女子たちは喜ぶんだろうか。

「登先輩って結構かなりドライですか?」

「いや、普通普通」

あれ、名前で呼ばれた? 確認する前に、今度は何故か抱きしめられている。どうしてこうなっているんだろう。わけがわからない。
ただ、ちゃんとあったかかった。あと、思っていたよりがっしりしている。
へえ、曲がりなりにも運動部だなあと少し感心してしまったのを次の瞬間後悔した。

「俺頑張って毎日電話するんで、ちゃんと出てくださいね」

「箱学のクライマーはそんなに電話好きなの?」

「俺が好きなのは電話じゃなくて登先輩ですよ。だから、付き合いましょう」

「ちょっとまって、ちょっと待て」

告白されたことがないわけではないが、これにはさすがに驚いた。なんか、声から滲み出る満ち満ちた自信が凄い。まるでわたしがOKを出したみたいだ。
落ち着いて状況をおさらいしよう。この時間ここにサボりにきたら、そこによく出現する真波山岳がいた。そしてわたしは何故か彼にキスをされ、何故か抱きしめられており、何故か告白された。
なるほど、真波くんはわたしが好きらしい。

「好きなの? わたしのこと」

「さっき言ったと思うんですけど」

ごつん、とおでこをぶつけられた。ちゃんと聞いてて下さいよというアピールだろうか。
ああ、どうしよう。今更ながらじわじわと羞恥心が募ってきた。そもそも、わたしはなんで彼のことが苦手なんだろう。彼のことを何も知らないからではないだろうか。もちろん誰かから聞いた情報や見た目についてはわかっている。が、別にそれは本来の真波山岳ではないわけだし、それだけを見て聞いて彼を苦手だなんて意識するのは失礼なのではないか。
ふう、と息をついてから、未だやんわりとわたしを胸に抱く彼の背中になんとなしに手を回す。

「せっかくだから、ちゃんと知ってから判断しますかね」

「どういうことですか」

「あんまりおそい時間に電話するのはやめてねってこと」

それが返事。と付け加えると、大切にします。なんて言われた。もしかするといい子なのかな。何考えているかはわからないけれど、彼がわたしを好いてくれている内に理解できるようになるかもしれない。
見上げた空は真っ青で、相変わらず校庭からは喧騒が聞こえ続けていた。




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