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帰ってきた登はしかめっつらで鞄を俺の座っているソファへ投げ込んだ。「おかえり」と言っても返事をせず、一直線に冷蔵庫へ向かってビールの瓶を取り出して栓を開けて、そのまま飲んだ。あーあ、それ俺のじゃなかったのかよ。
瓶を握っていない方の手に握られている白い封筒が事の原因だろう。わかっていたし、覚悟はしていたが、恋人にここまで不機嫌になられると流石に胸が痛んだ。
腰を上げて登の方へ寄る。案の定、真っ赤な目で涙を拭おうともせずに鼻水をずびずび啜っていた。

「ただいまくらい言えショ」

そっと後ろから腕を回して腹のあたりに手を回す。抵抗はされない。斜め上から覗きこむように頭にキスしてみた。やっぱり抵抗はされない。

「なんなんだろうねわたしは」

「元カレで幼馴染の奴が今でも好きで未練タラタラなのに幼馴染の友達と付き合って同棲して、結局元カレで幼馴染の奴の結婚報告に泣いてる奴っショ」

あえてはっきり言ってみた。だってそうなのだから。
こいつが本当に好きなのは東堂尽八で、それでもいいから付き合ってほしいと頼んだのは俺だ。その時の登の言葉は今でもはっきり覚えている。「2番目でいいならいいよ」と、悲しそうに笑っていた。俺たちはお互いに異常だし、最低だ。
2番目の俺のためにわざわざイギリスまで来る登も、それを当然のように受け入れている俺も、全部おかしい。最初小さかった歯車の歪が今ではもう噛み合わないどころかどんどん遠ざかっていた。それでも一緒に食事はするし、会話をして笑うし、眠るし、デートをしてキスもするし身体を重ねることもする。登は俺のことが嫌いなわけではない。好きだと言ってくれた。それでもたまに夜、ひとりで泣いているところを見ると、どうやっても慰めることのできない自分に苛ついた。どうせ、2番目だから。

「あいつ、見合い結婚らしいな」

「いいとこのお坊ちゃんだからね」

「ずっと恋人を作らなかったのは、お前を待ってたんじゃないかって俺は思うショ」

「励ましてるつもりだったら、いいから」

漸く、涙を服の袖で乱暴に拭い、ビール瓶を流しに置いて俺の腕から逃れた。空になっている。登はこれくらいじゃ酔わないが、酒はあまり飲まない。酒を飲むのは嫌なことがあった時というのはわかりきっている。特に東堂に関しての。
スタスタと早歩きする登の3歩くらい後をついて歩く。彼女からするとうざったいだろうが、一緒に住んでからこれを拒否されたことはなかった。
どうやら風呂場に向かっているらしい。この流れだと俺も一緒に入るんだろうな、さっき入ったけどまあいいか。
脱衣所の扉が閉められたので、そこを背にして床に座った。時間差なのは、暗黙のルール。
―――アイツが見合い結婚するという話を、俺は登が知る何日か前にメールで知っていた。
「今日そっちに手紙を遣ったが、登のことはよろしくな」という最後の一文からは、未練のようなものすら感じた。結局、アイツも登のことが好きだったのだ。東堂と登が大喧嘩した時に誑かして盗ったのは俺で、それを知っているのに、東堂は何も言わなかった。事もあろうに今まで通りの関係を保ってきた。考えれば考えるほどわけがわからない。
風呂の方はそろそろいいだろうと、大きくため息を吐いてから立ち上がって、家着を脱ぎ、中へ踏み入れる。予想通り、白く濁った浴槽で体育座りをして俯いている登が居た。
30分前に風呂から上がったばかりだが、改めてシャワーで体を流してからゆっくり、登の隣へ沈んだ。

「髪とか身体とか洗ってやるけど、どうするショ」

「……もう少し、後で」

お湯の中で探り当てられた手を、ギュッと掴まれる。それを受けてこれは近付いても大丈夫だと踏んで、やはり背中のほうから抱き締めるとこちらに身体を預けてきた。どうやら先程より大分落ち着いたらしい。
たまに天上についた水滴が落ちてくる音ばかりが目立った。何か話しかけようと口を開くより前に、登の声が反響する。

「わたし、巻島くんのこと1番にしようと思う」

それは嘘か夢みたいな言葉で、俺はただただ間抜けにぽかんと口を開けることしかできなかった。一度もこちらを向いてくれない登が幻のように思えて怖くて、手を伸ばそうしたのに力が抜けてばしゃん、とミルク色の中に行き場をなくした手首が落ちた。










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