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こうしてファミレスに来るのも何回目になるだろう。高校の時から、二人で結構来ていたはずだ。ただ、こいつが巻島と付き合う前の話だが。
今日は来るはずだった金城が用事で来られなくなってこうして登と二人きりになってしまったが、彼氏持ちの女が男と二人だけで食事してもいいのかね。食事っつっても、たかがファミレスなんだけどヨ。
「靖友くんはー唐揚げ?あとベプシ」
「登も唐揚げだろ。あとメロンソーダ」
お互いに相手のチョイスを言い当ててご注文をどうぞと促す店員を少し困らせたが、俺が何も言わないでいると登が改めて唐揚げふたつとベプシとメロンソーダと丁寧に言い直した。
大学生になろうが何か変わったわけでもなく、高校の時と趣向も趣味も変わらない。ひとつ上げるなら制服から私服に変わった、それだけのもんだ。私服といえば登のスカート姿というのはあまり見ないものだったし、以前は休みの日もジャージやらスウェットやら酷く雑な格好をしていたのになあと思うとその辺はオトコのお陰なんだろう。(ただし金城は巻島のセンスは一線を画していると言っていてその表情はとても冗談と払いのけられないものだったし実際写真はヤバかった)
「変わんないよね」
「お前もな。つーか、大学で毎日会ってるだろ」
「金城くんともね。いやぁ、金城くんって頼れるし、頭いいし、優しいし、モテるのわかっちゃうかっこよさだよね」
「まァ、俺も課題とかでお世話にはなってっけどさ……せめて彼氏を褒めてやんなよ」
朗々と今日来れなくなった坊主頭のことを語る姿に、なんで俺がフォロー入れてンのかさっぱりわからないが見えない相手を尊重するように言うと、登は首を傾げた。首を傾げたいのはこっちだっつの。
「なんで? って顔で見んなよそのセリフは俺が言いたいんだけど」
「いやいや、……彼氏?」
何故か聞き返された。遠距離恋愛中の彼氏の話題はそんなにまずかっただろうか。相手のことを深く思い出させるような要求はアウトだったか。意味がわからないままそんなのとを考えつつ頬杖を着いた途端、紙ナプキンで折られた紙飛行機がコツンと腕に当たった。
投げた当人は、眉間に皺を寄せている。
「ちょっと待って、彼氏って誰?」
「あ? 巻島と付き合ってんダロ?」
「いやいや、付き合ってないよ」
「はァ!?」
俺のポカンと空けた口に、登は鞄から出したチョコレートを放り込んだ。これから唐揚げ食べんのに口の中甘くすんなよ。
そうじゃない。登はあいつと付き合ってない? ということは俺はずっと勘違いしていたのか?
「それマジで言ってんの」
「嘘ついてどうするのさ」
「……じゃあなんで……仲良さそうなのさァ」
少しだけ言葉を選んだ。あくまでよく知らない、という体を取る。本当は不可抗力でいろいろ知っているのだが、それを言うと更に話がややこしくなりそうなのでやめた。
「仲良いって、そりゃあ東堂くんの友達だからだけど」
「友達と……で、デートとかすんのかよ」
「だって巻島くんいろいろ奢ってくれるんだもん。あ、今こいつ最低って思ったでしょ」
「思っ……てねェよ」
嘘。本当は少し思った。男に貢がせてんのか……と少し引いたが、こいつの奢って貰うものといえばどうせ、アイスやら新発売のチョコレートやら、変なご当地キャラのパッケージの飴やら、大したものではない。因みに今挙げたのは過去俺がジャンケンに負けて奢ったことのあるものだ。どんだけ負けてんだ、俺。
今日もそうなったら困ると財布の中身を確認しようと手に取った途端、あのさあ、と少し不機嫌な声がかかる。
「ご飯食べたり出かけたりするのがデートなら靖友くんともデートしてるじゃん、今までも今日も」
してやったりという表情の登は、俺が何か反論してくることを予想していたんだろうが、当の俺は固まっていた。
そんなこと言われたら、急にそういう風に意識してしまって足がムズムズしてきた。くそ、なんで今日来なかったんだよあの眼鏡坊主!
「何も言ってこないなんて珍しいね」
「っせ! じゃ、その服なんなんだよいっつもジャージだったのにヨ!!」
「いや、高校の時だってジャージ以外も着てたよ。で、これはそのジャージがあまりに酷いって東堂くんと巻島くんに選んでもらったやつ」
巻島くんのセンス凄まじいよね、嫌いじゃないけど。と付けたしてから、キョトンとした顔でこちらを見る。何故かというと俺の顔が赤いからだ。見なくてもわかる、熱い。
やべえ、すっごい恥ずかしい。どうやら今まで物凄い勢いで勘違いしていたらしい。そういえば、金城にこの話をした時も不思議そうな顔をしていて、しらばっくれてるのか詳しく知らないのかどっちかだと思っていたが、そのどちらでもなかった。
向かいに座る相手は頬杖をついてニヤニヤ笑い始めて、もう最悪である。
「なんで顔赤いのー?」
「ほっとけ!!」
「何か言うことはないのー?」
「ねェよ!!」
否定しながらテーブルに音を立てて手をついても登は全く怯むことなくにやけたままで、俺の手に手を重ねてきた。ギョッとして避けようとしたが、ぐっと抑えつけられていて簡単には動かない。
そして彼女は、もう一度繰り返す。
「何か言うこと、ないの?」
今度はにやけていなくて、なんというか期待しているような、待っていてくれているような、優しい目だった。ここまで来てから、ああわかったなるほど、今日は用意されている場なんだと察する。これは観念するしかないし、千載一遇のチャンスでもある。……はず。
「お、……俺と、付き合えよ」
全く目を合わせられずに絞り出した声はどうやら聞こえていたらしく、重なっていた手の指同士を絡められたと思ったら、いつもの調子で、帰りコンビニ寄るか?と問いかけた時の返事よろしく、いいよーという軽い了解が聞こえてきた。