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(生理ネタなので苦手な方は注意)










ありえない、ありえない。
こんな苦痛は普段ありえなかった。そのせいか、辛くて仕方が無い。世の中の一部女子はこんな激痛を月一で味わっているのかと思うと彼女らに同情した。
かくいうわたしも女ではあるが、いつもなら多少だるいし寝ても寝ても寝足りないくらい眠くなるだけで、授業中爆睡して先生に教科書で頭に一撃食らわされること以外は特にこれと言って痛い場所もないし、グラウンドをスキップで一周しろと言われてもなんら問題ない程度だ。
だがしかし、今日は違った。今までわたしの身体を襲ったことのないそれはもう強大な痛みに支配されていた。
原因はなんとなくわかっていた。おそらくここ数日授業中にわたしを直撃し続けていたクーラーの冷え切った風。しかしクーラーを弱めて下さいと発言なんかすればクラスの全員から何言ってんだこいつはこのバカみたいに暑い中でという目を向けられてしまう。
そういうわけで、なんとか暖をとろうとやっとの思いで外まで出てきたのだ。暖をとるというのも笑える話で、一歩外に出さえすれば夏の箱根は高い太陽に照りつけられてまあ暑かった。それでも、冷え切った教室に居るよりはマシだよこれは。
外といえどどこでもいいかと言われると、あまり人の来ない場所の方がいい。だから、わたしはここを選んだ。

「ウサ吉ぃ……」

絞り出した声は自分で言うのもなんだけど死にそうで、失笑する。ここは新開くんの飼っているウサギもいる、兎小屋。やっとの思いで這うようにしてここまで来たが、この暑い中でもフワフワで、ヒクヒク鼻を動かしているウサギたちを見ているとなんだかちょっぴり和んだのでその甲斐はあった。
ウサ吉には毎日会いにきている。彼もわたしに慣れてきてくれているようで、名前を呼ぶとクリクリした目がこちらを捉えていた。
しかし痛い。そして、体感的には暖かいなと思っていたが流石に汗が出てくる。それとも痛みのせいで出ている汗だろうか。どちらにしてもこれはもしかしてヤバいやつかしら。脱水症状にでもなったら大変なのだろうか。しかし、ここにはこの時間帯に人は滅多にこない。普通なら食堂とか購買に行く時間帯だから。
ああ、わたしだって本当は今日のお昼はイチゴと生クリームのサンドイッチを尽八くんに奢らせようと思っていたのに(この間花札で賭けた)。そうだ、ひょっとするとわたしのことを探しているかもしれない。
と、思った途端後ろから名前を呼ばれた。その声は、同じクラスのあの人。

「登……大丈夫か、おめさん」

「し、新開くん、なんでここにいるの」

ウサ吉の目が心なしか嬉しそうに見える。新開くんはウサ吉の飼い主だからね。
いやいや、そうじゃなくてなんで彼はここにいるのだろう。
草が気持ちいい地面にぺったり座り込んでいるわたしの前にしゃがむと、新開くんは手を差し出した。そこにはスポーツドリンクのボトルが握られている。

「フラフラで教室出てったから。てっきり保健室行くのかと思ったら……なんでここなんだい。とりあえず、これ飲みなよ」

「保健室苦手なんだもん……ごめん、ありがとう。というか、後ろついてきてたのね……」

「途中で声をかけたらおめさんが俺に変な気を遣うかと思ってな」

新開くんは、ウインクして小さく笑う。気を遣ってくれてるのは完全にあなたの方だし、優しいし、何故かわからないけれど少し泣きたくなった。相変わらずお腹は痛いし。
蓋の空いていたボトルから水分摂ると、ほんのちょっぴり楽になった気もする。

「具合悪そうな感じだな」

「ちょっと、魔物と戦ってる感じかな……」

「それは大変そうだ、無理しちゃいけないよ」

ふわっと、正面から肩を抱かれてしまった。適度に筋肉がついた身体はしなやかで、素直に収まってしまう。大きな手が、ゆっくり腰を撫でてくれる。最初一瞬迷っていたように感じたけれど、まあ女子の腰を触るのに戸惑うのは当たり前だろう。それでも優しく撫でてくれる手はあったくてほっとして、吸い込まれそうな程に酷かった痛みが和らいでくる。

「悪いね、触っちゃって」

「ううん、ありがとう。新開くんって紳士だね」

「んなこたないよ」

「マジ紳士だよ」

「そうかい、じゃあついでにこれも飲んでおきなよ」

くすっと笑いながらぽんぽんと軽く肩を叩かれ、顔を上げるとよく見かける痛み止めの錠剤が差し出された。いろいろ察されてたと思うとさすがに照れるのだけど、今はそれどころじゃない。気を抜いたら意識が飛びそうな激痛と少しでも離れられると思うと嬉しかった。

「ほら、ゆっくりだよ」

「うん……こういうのって思い込み効果あるよね。変な汗ちょっと収まったかも」

「そうかい、なら保健室で貰ってきて良かったよ」

薬を飲み込んで、ゆっくり息を吐く。あぁ、わざわざ保健室に寄ってきてくれたんだなあ。
新開くんの低めの声が耳の奥に広がる。安心したのか、相変わらず痛いけどこの空間は心地よかった。でも痛みが少し柔らいだ途端に謎の疲労感もだるさも眠さも、全部押し寄せてきて今にも寝落ちてしまいそう。でも、ここで寝てしまったら新開くんに迷惑がかかる。仕方ないけどこうなったら自力で保健室に行こう。
もう、大丈夫。そう言おうと、彼の制服のシャツを掴んだつもりだったのに、いつの間にか世界は真っ暗になっていた。



---



「目が覚めたか! 大丈夫か!」

ボーッとボヤける視界が鮮明になるよりも前に、男にしては高い声か頭に響いた。
あまり寝起きは良くないと思っているけれど、今は尚酷い顔をしていることだろう。昔からそうだ、このひとはうるさい。

「尽八くん声デカすぎ」

「しかし、心配していたのだぞ。その様子を見ると良くなったみたいだな」

目覚めた場所はどう見ても、わたしの嫌いな保健室だった。独特の病院のようなにおいが苦手だ。
しかし、こういうシチュエーションだと起きた時に居るのは可愛い女の子のはずなのに、わたしの場合は小煩いけど顔はイケメンでナルシストな幼馴染だった。悪い奴ではないんだけど。

「転校して来てそんなに経っていないとはいえ、わたしって友達いなかったんだなあ……」

「何を言っているのだ登。最初は居たみたいだぞ。今はもう放課後だから仕方あるまいよ」

「えっ、あれっ」

慌てて身体を起こしてベッド脇の机に置いてある携帯を掴んでスライドすると、どう見ても夕方、いや夜の時間。もう6時半とは驚いた。そんなに寝ていたなんて……どんな重病人よ、恥ずかしい。でも、あの痛みは消えていたので午後の授業を全部トバしてしまったことを頭の隅に追いやって、ひとまずほっとする。
そういえば、尽八くんも部活のサイクルジャージだ。部活を抜けてきてくれたのだろうか、申し訳ないな。

「さっき登の担任の先生も来ていたらしいぞ」

「なんでそんなに詳しいの」

「保険の先生に聞いただけだよ、そう変な目で見るな……俺はちょっと部活を抜けてきた。気にしてる奴も居たしな」

「あっ」

そうだ。パッと浮かんだのはあのウインク。
もしかして、もしかして、

「ここに運んでくれたのって新開くん?」

「そう……らしい。と、これも推量で言いたいところだが見てしまったのでそうだ、と断定すべきだな」

「え、見たの?」

「ああ、新開が登を所謂お姫様抱っこで運んでいるところをな」

カッと顔が一気に熱くなるのを感じた。尽八くんが顎に手を当てながらニヤニヤしているので、多分間違いなく真っ赤になってしまっている。
恥ずかしくなって再び布団に潜り込むと、やっぱりそこにもどこか薬のにおいが染み付いていて眉間に皺が寄った。
尽八くんがベッドの側のパイプ椅子に座って、軋む音がする。

「あの時はお前を探して居たんだが……あ、偶然荒北と泉田とも一緒に居たのだが、その2人もバッチリ見ていたぞ」

「なにそれ! もう自転車競技部に顔出せない恥ずかしい」

「泉田はお前らを見て今の登みたいに真っ赤になっていたし、荒北はポカーンと口を開けていたな」

尽八くんのニヤニヤ顔に拍車がかかって、もはやキラキラ輝き顔になってきている。こいつ、この状況を心底楽しんでる。
もう我慢出来なくて更に布団に深く潜り込もうとすると、尽八くんに阻止された。がっしり布団の淵を掴まれ、バッチリ目が合う。

「お前らが付き合っていることくらい、俺はお見通しだったぞ? なにしろ俺は頭もキレる、美形だからな」

「ほっといてよー! 新開くんの方がイケメンだし!!」

「それは聞き捨てならんな……ああ、それから心配しないでも他の奴らにはバレていないから安心しろ」

「お腹痛くなくなったけど頭痛くなってきた!!」

ぎゃーぎゃー叫ぶわたしに、おやそれは大変だな、と微笑む幼馴染のその顔はどう見ても水を得た魚のようで、明日からの学校生活に不安しか感じない。
でもあとで、真っ先に新開くんにありがとうってメールしなきゃな。一番ばれたくなかった相手に付き合ってることばれちゃった、って報告も含めて。




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