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(主人公は巻ちゃんの彼女だし出てきません)










いつの間にか遠くに行ってしまったのだなあと、いつもより眩しく感じる夕焼け空を見ながら俺は息を吐いた。
こんなことなら寮にしなければよかった、とか、慢心している場合じゃなかった、とか、思い返せばキリがない。インターハイは終わっていたから自転車に影響が出ないのがせめてもの有難いことだった。
それにしても、今まで気づかなかった自分も、それを告げてくれなかった彼らも、急に余所余所しく感じる。
開いた携帯の通話履歴には「巻ちゃん」という文字が並んでいて、先程までの会話を思い返す。

「な、なんで。いつからだ?」

『いつからって……ちゃんと付き合い始めたのは、インターハイの終わった日だけどよォ……』

「でも巻ちゃんが登のことを好きだったのは、それよりもっと前で、2人の気持ちはもうとっくに両想いだったんだろう? インターハイの枷になるのは嫌だからと、それまで保留していただけなのだろう?」

『……』

俺が捲し立てて話して、向こうが黙るのは何ら珍しいことではない。ただ、今日の沈黙はいつもと明らかに違ったんだ。
どこか申し訳なさそうな、悲しそうな、そんな空気が電話口からじわじわと伝わってきた。

もうとっくに、両想いだと思ってたのは俺の方だよ。

幼い頃の口約束を信じていた自分が、律儀に待っていた自分がバカみたいだ。
毎週飽きる程電話をして、毎年お互いの誕生日には手紙のついたプレゼントを交換して、離れていたのにも関わらず必ず何度か会っていたんだ、デートをするみたいに。
信じていたのに裏切られた、なんて言うのはお門違いだろうけど、今だけはそう思うのを誰ともなく許して欲しかった。

はあ、と暗く溜息が飛び出し、ベッドへ倒れ込むと同時にドアがノックされた。この乱暴な、正に仕方ないからノックしてやっている、そんな風に俺の部屋のドアを叩く奴は1人しか居ない。
そもそも、返事をする前に入ってくる。別にいいのだが。

「おい東堂、入るぞ」

「もう入っているだろ」

「……福ちゃんに、様子見てこいって言われたから来たけど……なんかあったのかァ?」

「そうだな、胸が痛い」

「ハァ?」

身体を起こしもせずに、入ってきた相手の方を全く見ないで喋っていると、半開きだったドアを閉め、ズカズカとこちらへ歩いてきて見下ろされる。相変わらず顔の悪い奴だ。
造形うんぬんではなく、浮かんでいる表情が。

「変なモンでも食ったんじゃナァイ?」

「お前には分かるまい、長年の恋が崩れていく痛みは」

「わかりたくねェよそんなもん」

ぐったりベッドの上に伸びて全く起きるつもりがないとわかったらしい荒北は、面倒臭そうに頭をガリガリ掻いた後、端のほうに腰掛けた。
俺自身1人になりたいと思っていたが、そうではなかったらしい。人が傍にいると急激に寂しさが募ってきた。

「……オメーどうすんだよ、明日だって学校で会うんじゃないのォ」

「今日だけだ、今日だけだこの情けない俺は。寝て起きたら元に戻る」

「……俺が聞く事じゃないかもしれねェけど、何があったンだよ」

口調は変えないが明らかに恐る恐る尋ねてくる様子に少しだけ笑った。明日だって会うんだろなんて心配から大体の察しはついているだろう。
なんだかんだで空気の読めるいい奴だからな。
重たく感じる身体を起こして、壁に寄り掛かる。

「巻ちゃんがイギリスに行ってしまうんだ」

「あァ!? そっちかよ! テメ、マジでそっち系だったのォ!?」

「落ち着け違う。これはまた別の話だ」

思わず立ち上がった荒北の顔は本気でドン引きしていて、いつもの調子で冗談を言わなくてよかったと思ったが、俺が相変わらず沈んだ感じなので渋々座り直していた。
でも、このことがショックだったのも事実で、2つのことが重なってここまで落ち込んでいる。
巻島裕介は、唯一のライバルで、親友だ。あいつがいたから俺の走りはここまでこれた。変な髪の変な走りの変な奴だが、登りは他を圧倒するものを持っているし、何かとすぐに電話をかける俺のことも面倒臭そうにするが実際は人思いの優しい男だ。
ライバルと、共に切磋琢磨してきた相手と走れなくなる。それは、相当な衝撃を俺に与えた。
ただ、それだけでここまで落ち込んでいるわけではないのだが。

「巻ちゃんと登が遠距離恋愛するのだと」

「……あー、そういう……大変だなァあいつら」

気の毒そうに目を細めてから慌てていつものムッと口を噤んだ顔に戻る荒北に、苦笑する。気を遣わせて悪いけれど、今だけ付き合って欲しかった。

そもそも気付かない俺が愚かだっただけの話なのだ。先に告白なりなんなりしておけばここまで後悔せずに済んだのに。
巻ちゃんがあいつってお前の幼馴染なのか、なんて電話で聞いてきた時、好きなものとかあんの?なんて尋ねられた時。友人と友人が仲良くなるというのはなんだか嬉しいもので、すっかり浮かれていた。巻ちゃんが登のことを好きになるなんて思っていなかったんだ。そこが俺の一番の失念だ。
もちろん登は俺が大好き(どれほどかというと失恋してここまで落ち込む程)になるほどいい子だし、笑顔も可愛い。それでも、まさか彼が恋をしてしまうなんて予想外だった。

「登は俺のことを男として見てくれていなかったのかと思うとまた悲しくなるのだよ」

「アイツがお前のことを友達だと思ってるなら、それでいいんじゃねェの……なんてーの、関係が崩れないみたいなさァ」

「……それも、そうか。たまにはいい事を言うな」

確かにそうだ。
友人としてずっと付き合っていけるなら、今まで通りそうして行こうじゃないか。
幸い登の恋人も友人。巻ちゃんも俺の気持ちを汲んでくれることを信じて。
相変わらずばつが悪そうにしている荒北にありがとな、と呟くとるせェと顔を背けられた。

「あんま落ち込んでんじゃねェぞ」

「あぁ。ということで今度登に贈るプレゼントを一緒に選びに行って欲しい」

「ハァ!? なんで俺が……ってか何のプレゼントだよ!」

「それはもちろん、巻ちゃんとお付き合いおめでとう記念だろう!」

冗談ではなく本気で、何を買おうかと思考を巡らせる。そうして、少し取り直した元気を無理矢理にでも膨らませようとしているのは自分でもわかった。
だが、それも今日だけ。今日だけにするんだ。明日は、きっと全て元通り。

「そういえば登に祝いの言葉を言っていないんだった。メールをしておこう!」

「……オメーのそういうとこはなんか、尊敬したくねェけどスゲーとは思うわ」

「もっと褒めてくれていいんだぞ」

「うっせーボケナス」

罵倒をスルーしてなんて送ろうかと携帯を開くと、やはり並んでいるのは巻ちゃんとの通話履歴。
ああ、巻ちゃんにもメールをしておこうか。先程の謝罪と、祝いの言葉と。
新規メールを開いて文字を打ち始めると、荒北がじっとこちらを見ていることに気付く。

「どうかしたのか?」

「いや、電話じゃねンだなと思っただけ。お前、電話得意じゃナイ」

「はは、荒北、今こんな時に登の声を聞いたら、」

言葉を切って、息を吸い込んだ。
鉛のような重みが全身を包む。滅多刺しにされたみたいに、心がズキンズキンと痛む。声さえ奪われてしまったように、苦しくて。

「泣いてしまうではないか」

痛みも、苦しみも、この嫌な感情は全部泡になって消えてしまえばいいのに。




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