「はーい、授業始めっぞ〜」
やる気のない銀八の声が教室に響く。
「今日は道徳だ。教科書43ページ開いて〜」
生徒達は指示通り各々教科書を開く。
「恋愛についてやるぞー」
「先生ー。なんで恋愛なんですかー?」
「人間誰しも通る道だ。やっといて損はない」
「先生ー。先生は恋愛経験あるんですかー?」
「うっせーよ!!ガキは黙ってろ。じゃあ新八君読んで」
「はい」
返事をすると、新八は教科書を持ったまま立ち上がる。
「僕にはー…
僕には部活で仲の良くて互いに高め合える、そんな女の子がいます。
この間その女の子に告白されました。
でも今まで女の子と付き合ったこともないし、なんだか恥ずかしくて顔も合わせられません。
一方的に避けてしまいます。
これから僕はどうしたら良いですか?
「(…これ…わしと似てる)」
陸奥は教科書を黙読しながら、自身と重ね合わせていた。
「いーかぁ、てめーら」
新八が読み終えて着席すると、銀八が口を開く。
「友達から恋人に発展するにはすんげー勇気がいんだよ。今の関係を壊したくないとか、気まづくなるんじゃねーとか色々考えんの。だからされた側は全力で返事しなきゃダメだ。結果がどっちだろーと、避けててもなんの解決にもなんねーよ」
銀八が自分の状況を知っているはずはない。
しかし、まるで自分に言われているような気がした。
「つー訳で、相手の勇気を無駄にすることだけはすんなよ。以上」
銀八は欠伸をし、頭を掻きながら教室を出ていった。
夕方の暖かい橙色の光が道場に射し込む。
辰馬は一人残って自主練習をしていた。
時計がもうすぐ学校が閉まる時刻を差している。
竹刀を仕舞い、道場を出ようと振り向いた。
「!」
「お疲れ」
陸奥が出入り口に寄りかかり、左足を軸に立っていた。
栗色の髪が夕方の光できらきらと反射していた。
「足、大丈夫かが?」
「平気じゃ。二週間は部活できんが」
「そうかそうかー。入院とかならんで良かったぜよ」
「大袈裟じゃ」
会話が途切れ、互いに黙り込む。
陸奥は握りこぶしに力を入れ、銀八の言葉が反芻する。
『相手の勇気を無駄にはするな』
「…辰馬、」
「ん?」
「…わしは…おまんには似合わない」
緊張して足が震える。
ごくりと唾を呑み込み、一呼吸する。
「わしは全然女らしくない。口も悪いし、身体中傷だらけじゃ。そがな女、おまんと釣り合わないぜよ。わしは…自分に自信がないんじゃ」
「………」
「どうすれば良いか分からんなっておまんを避けた。だから忘れろ言われた時はそれで正しいと思った。…けど」
次第に陸奥の視界がぼやけ、前が見えなくなる。
「けど…ずっと辰馬が頭から離れんかった。辰馬のことばっかり、辰馬しか考えられんなった」
涙で詰まって、上手く声が出ない。
「わし、は自分は好かん。でも…っ、おまんの、ことは…」
ぽた、ぽた、
「好き、じゃ。好きで、好きで、苦しいんじゃぁ…!」
目から涙が次々に流れて止まらない。
今日まで紡いだ想いが、涙と共に一気に溢れだした。
「だから、
「陸奥」
一瞬何が起こったのか分からなかった。
伝わる体温と、辰馬の匂いで、自分が抱き締められているのだと気づいた。
「それ以上言わんで良い」
「辰…
「確かに陸奥が言ったことは全部合っちゅう。おまんは口も悪いし、手も早い」
「なんだとクソモジャモジャ!!」
「でもそんな陸奥が好きじゃ。今のまんまの陸奥にわしは惚れた。外も、中も、全部じゃ。陸奥自身が…好いとうよ」
「…辰馬」
「銀八、いい加減保健室に来るの止めなんし。ほら、電気消すぞ」
「あ」
「どうかしたのか?」
窓際に近づき、銀八の指差した方向を見る。
窓から見えたのは、辰馬と陸奥が並んで帰っている姿だった。
「仲直りしたんじゃな」
「そうみてーだな。ったく、世話が妬けるガキどもだ」
悪態をつきながらも、夕陽に照らされ歩く二人を見ながら、銀八は静かに笑った。
end.2010.03.01...後書