「部長」
「……」
「部長ってば!」
部員に呼ばれ、はっと我に返る。
「…すまん。考え事してたきに」
「次お相手お願いします」
「あぁ」
陸奥は立ち上がると、前へ出て竹刀を構える。
「始め!」
開始の掛け声で試合が始まった。
両者の出方を伺い、暫く沈黙が流れる。
「………」
今の陸奥にとってその沈黙は、関係のないことを余計に考えてしまうだけだった。
『もうええちや』
自分の下した判断に間違いはない。
そう思っている筈なのに。
『アレ、忘れていいぜよ』
竹刀を強く握り直し、唇を噛み締める。
「(…辰馬……!)」
自分は身体中で辰馬を呼んでいる。
「ハアァ!!」
陸奥の正面で竹刀が振り上がる。
反応が遅れて、先に隙を突かれてしまった。
「(っ、打たれっ…!)」
面を取られまいと、竹刀で受け止めるために右足を引いた、その瞬間だった。
カランカランカラン!
竹刀が音を立てて落ちる。
「っ…!!」
「部長!!」
陸奥がバランスを崩し、床に倒れたのだ。
周囲からざわめきが起こる。
「大丈夫ですか!?」
「すまん、っ…!?」
立ち上がろうと右足に力を入れたが、激痛が走って立ち上がれない。
陸奥は足元に目をやると、足首が青紫に腫れていた。
「部長っ…!」
「わしは大丈夫じゃ。ちっくと保健室行った来るき、練習を続けるぜよ」
左足でなんとか立ち上がり、身体を引きずるように道場を出た。
コンコン、
「はい」
「失礼します」
月詠は陸奥を見るや否や、慌てて椅子を立ち上がる。
「足、どうしたんじゃ!」
「…部活で」
「そこの椅子に座れるか?」
頷いたのを確認すると、月詠は一旦陸奥から離れ、湿布や塗り薬を救急箱から取り出す。
陸奥は生徒用の黒い長椅子に座る。
「腫れが酷いな」
「…これくらい平気じゃ」
陸奥の前にしゃがみ、手当てをしながら見上げて様子を伺う。
怪我よりも更に酷い痛みに苦しんでいる。
陸奥の表情から悟り、足首に包帯を巻きながら月詠が口を開く。
「…最近一緒に帰っているのを見かけないな」
「!先生知ってたんですか」
「あんなに楽しそうに帰っていたからな。此処からでも声が響いておった」
優しく微笑む月詠を黙って見つめる。
「…先生は綺麗だぜよ」
「なんじゃ。いきなり」
「女らしくて、優しくて。わしは口は悪いし、身体中傷だらけだぜよ。もし、先生みたいだったら…」
唇を噛み締め、その先の言葉を飲み込んだ。
ベシッ、
「っ痛!何しゆう!!」
月詠は陸奥の額を指で弾いた。
「そんなの関係ないじゃろ。もっと自分を大切にしなんし。よし、応急措置終わり。親に連絡するか?」
「…いえ、自分でします」
陸奥は壁をつたいながら左足で歩き、ドアに手をかける。
「失礼しました」
「今日病院に行きなんし」
「はい」
カララ、バタン。
「…じゃと。自分自身に大分コンプレックスを抱えておるようじゃな」
シャー、とカーテンが開き、銀八はだるそうに生徒用の椅子に座る。
「ぬしのクラスの奴じゃろ?」
「まーな」
ペロペロキャンディと言う名の煙草に火をつける。
「アイツはすげーよぉ?剣道部をあそこまで引っ張ったかんな。ま、でも」
室内にも関わらず、煙を吐き出す。
「主将と謂えども、恋する乙女ってな」
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