陸奥は辰馬のことが嫌いな訳ではなかった。
『陸奥!わしらで剣道部ば引っ張っていくぜよ!』
『…おまんに言われなくても分かっちゅう!』
己の無力感を味わい、悔しくて悔しくて堪らなかった最初の大会。
誓いを立てるかのように、笑いながら出された拳に、涙を拭って拳を合わせた。
本当はあの日から、ずっと。
「部長、お疲れ様でした」
「お疲れ」
ロッカーから鞄を取り出し、肩にかける。
ふと、入り口に掛けてある鏡を見る。
そこには乱れた髪をした無愛想な自分。
「………」
そっと両手を開くと、手のひらは豆だらけ。
素足で練習しているため、手のひらだけでなく足の裏にもある。
生足は痣だらけだ。
「(こがなわしじゃ辰馬には釣り合わん…)」
陸奥は自分に自信がない故に、返事が出来なかった。
カチャン、
全員が出ていったのを確認すると、女子更衣室の鍵を閉める。
そして、自分の恋心にも。
ミーンミンミンミーン、
午前は講習、午後は部活というのが夏休み中の日程。
辰馬とは別のクラスであるため、顔を合わせることもない午前は良い。
授業を終えるや否や、鞄から弁当を取り出し一人でさっさと食べる。
早く食べて、部活が始まるまで更衣室で準備しようと思っていた。
辰馬に、会わないために。
「陸奥ー!屋上行かなか?」
ガラッとドアが開く音がしたと思えば、何時もの調子で陸奥を呼んだ。
「…わしはここでええちや。…屋上は暑い」
なんとか理由を付けて、辰馬の誘いを断る。
「じゃ、わしもここで食う」
「!」
足音は次第に近くなり、辰馬は陸奥の前にある椅子を引くと、跨いで座った。
パンの袋を開け、かじりつく。
「むっちゃん」
「っ…」
明らかに戸惑っている陸奥を、辰馬は黙って見ていたかと思えば急に笑い出した。
「これ貰うぜよ!」
「は?」
ひょいっと摘まんで卵焼きが辰馬の口へ。
「それわしの卵焼きじゃ!」
「なんじゃー食べんかと思って」
「最後に残しといたんじゃ!!」
「アッハッハ!!」
いつもと変わらない辰馬。
陸奥は怒りながらも、内心では笑っていた。
「な、陸奥」
「なんじゃ」
昼御飯は騒いで、笑って結局一緒に食べ。
そのままの流れで部室へと向かっていた。
「わしのこと、嫌いか?」
「………」
先程とは一変し、微妙な空気で沈黙が流れる。
「…わしは
「部長ー!!」
走りながら後輩が陸奥を呼ぶ。
「あ!すみません…邪魔したみたいで…」
辰馬は丁度視角に立っていたらしく、 後輩からは見えなかったらしい。
「いや。何かあったんか?」
何事もなかったように、陸奥は辰馬を置いてそのまま更衣室へと向かった。
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