「陸奥ー!出掛けるぜよ!」
「…嫌」
「アッハッハ!問答無用じゃ。わしが行くから行くに決まっちょる」
「行かん…。先週も三日前も昨日も。出掛けたき、たまには部屋でゆっくりしたい」
「でも
「…“でも”?」
「何もなかー」
額に当てられた金属の感触。
辰馬は突き出された銃口が、嫌に冷たく感じた。
日常
昼が過ぎればテレビ番組は急に面白くなくなる。
だから午後からは出掛けようと思っていたのに。
「あー、入ってしまった」
「何に?」
「炬燵。これじゃあもう出られん」
動けない理由は、炬燵。
寒さから徐々に解放され、入れば忽ち誰もを虜にする。
しかも蜜柑まで用意されていて、これでは口が寂しく感じることもない。
もう、出られない。
「でもやっぱり炬燵は良いのー。日本人の心を擽っちょる」
「……」
「あー、でもでもっむっちゃんと出掛けないのも惜しいことしたぜよ…」
「……」
「うーん、でも温かいのー」
「……」
「いや、でも
「─煩い!!」
蜜柑の皮を剥く手はピタリと止まり、陸奥は辰馬を睨み付けた。
「さっきから何じゃ。やかましい」
そう言い放ち、そのまま皮を投げつけた。
「っ、むっちゃん、食べ物を粗末にしちゃいかんぜよ?」
「皮は食えん」
「陸奥は今日何の日か知っちゅうか?」
「…知っとる」
相変わらず陸奥の視線は蜜柑のまま。
辰馬は頬杖を付き、下から覗き込んだ。
「…近い。離れろ」
「1年記念、じゃろ?」
「……」
「特別な日にどっか出掛けたくなるんは、当たり前じゃなか?」
例えば高級レストランに、綺麗な夜景が見えるホテルとか。
この際ショッピングとかでも良い。
陸奥が喜びそうな物を贈って、少し照れた笑いを見せてくれて。
とにかく陸奥に喜んで欲しいのだ。
「今日だからこそ行きたいぜよ」
「…今日だからこそ、どこにも行かん。だって」
「?」
なかなか目を合わせようとしない陸奥と、初めて視線が合う。
「二人でのんびりして、くだらない話して。今が、わしにとって嬉しいんじゃ」
「陸奥…」
「この先も今日みたいな日を嬉しいって思えたら…ずっと一緒に居られる…気がするんじゃ……」
語尾は小さくなって上手く聞き取れなかったが。
「…じゃ、これはOK?」
「…少しだけなら」
──好いとうよ。
想いの丈を唇に託し、少しだけと許された唇に口づけた。
end...2011.2.2