「陸奥」
「無理じゃ…!」
「陸奥」
繰り返し呼ばれる己の名は、聞けば聞くほど息苦しい。
「陸奥」
そんなに呼ばれたら身体がおかしくなる。
それはまるで、呪文にかかったようで。
「…好き、じゃき」
早く解放されたくて、思わず口から出た愛の葉。
陸奥の頬は紅潮し、恥ずかしさが込み上げてくる。
自分に精一杯で、辰馬がほくそ笑んだことに気がつかなかった。
「もう良いちや!わしは戻る!!」
「まだ」
「は、」
「ご褒美」
陸奥の唇を指でなぞり、そのまま頬へと移し包み込む。
「ご褒美がまだじゃ」
辰馬の声が頭一杯に響いていて。
陸奥は近づいてくる顔から反らすことは出来ない。
唇と唇が重なった。
「…?」
そう思いきや、触れ合うまで後僅かのところで止まったままだった。
「むっちゃんからして」
「は!?何でわしが!」
「ご褒美いらんの?」
「そがな褒美いらん!!」
「じゃ、わしにで良いちや。早く」
「意味分からん!!」
「陸奥」
そうやってまた、いとおしそうに名前を呼んで。
「陸奥」
「っ─!」
一瞬だが、確かに触れあった。
「これで満足じゃろ!!」
「アッハッハ!!!」
「笑うな!!死ね!!」
照れた表情に、愛の確かめ合い。
これを見ることが出来るのは自分だけ、彼女の唇を許すのも自分だけ。
「アッハッハ!!!そうか、そうかのー」
「何がじゃ!!」
これが自分にとって、彼女は特別である証。
産まれる醜い塊が、柔らかくて温かくなった気がした。
それはまるで魔法のよう。
end.2010.6.8...後書