*誓いの口づけ


その日のレースは僅差で負けた。
並居る先輩たちを抑えて出場した1年生に向けられた視線は健闘を称える温かなものではない。
だがレースを追っていればそれが見当違いであることは明白だった。
これが全ての敗因というものはない。しかしここを押さえたら勝てたという場面、そこで彼らの判断を認めなかったのは誰だったか。

「言い訳みたいで嫌なんだけどな」
「そんなプライドいらないから事実を話して」

険しい顔の名前に肩を竦めた新開はそれを語り始めた。
荒北が抜け出したこと。同じタイミングで福富が出ようとしたこと。福富を止めた人間がいたこと。

「美人が台無しだぞ」
「この感情をどう処理していいのか迷ってる」
「そんなのバネにするしかないだろ。誰が悪いなんてことはない。結果は結果で、それは超えていくしかない。オレはもう覚悟してる。寿一もな」

『箱根学園史上最弱な2人』と言われているのは知っている。
先輩たちが話しているのを偶然知ってしまったその時は、体中の血が沸騰しそうになった。
怒鳴りつけて否定したかった。だができなかった。決して冷静になれたからではない。何を否定すればいいのかわからなかったのだ。
敗北したのは事実だ。
決して最弱などではないと、あのチームは誇れるものだったのだと。
そう言って何が変わるのだろう。

「名前にはつらい思いをさせちまうかもしれない」

黙って首を横に振る。
今日の彼らの走り次第で払拭されたかもしれないそれはまだ続くだろう。結果が出ていないのだから当然だ。ロードレースの勝者は一人だけだ。

「でもまた一緒に戦ってくれるんだろ?」

新開はいつも通りに笑ってパワーバーを差し出す。
だから名前も心を決める。
パワーバーを受け取り封を破る。

「私はマネージャーだから隼人たちだけの味方にはならない。チームが勝つためのことを優先する」

名前がはっきり告げると、青い瞳が見開かれた。

「だから隼人はチームが勝つために必要不可欠なメンバーになって。私が誰の文句も言われずにサポートできるくらいに」

新開は新開の、名前は名前の戦いがある。名前と新開の道は近くて似ているが同じではない。
だから名前の覚悟は新開の覚悟とは別物だ。

「本当に敵わないよな」

新開の口角が上がった気がしたが抱きしめられてしまって見られない。
首元に吐息がかかり、くすぐったさに身を捩る。

「また最初からか」
「そう、最初から」
「少し悔しいな」
「慰めないからね」
「マジで好き」

会話が噛み合っていない気がしないでもないが、声音が明るいのでこれでいいのだろう。
もう一度ぎゅっと強く抱きしめられて体が離れると、瞳はもう真っ直ぐと先を見据えているようだった。
だから名前はもう一つの覚悟を伝えることにした。

「隼人、私は何があってもそばにいる。ずっと隼人のそばで見てるから」

それは名前が何よりも強く決めていることだった。
新開は一瞬泣きそうな顔をしてからくしゃりと笑った。

「それがあの頃のオレをどれだけ勇気づけてくれたか知らないだろ」

頬を挟まれ持ち上げられた。
最初はチュッと軽い口づけが次第にどんどん深くなる。

「ん…隼人…」
「もう少し…」

もう少しと言いながら腰を引き寄せられる。後頭部も抑えられてしまい逃げることもできない。絡まれる舌に夢中で応えると今度は歯列をなぞられる。口内全てを堪能してようやく唇は離れていった。

「見てて。オレの隣で」
「見てる。だから走って」

もう一度落とされたキスは熱い。誓いの口づけのようだった。
遠くから2人を呼ぶ声に微笑み合うと、どちらともなく手を取って歩き出した。




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