02


名前が出て行って3日目。
名前がしばらく戻らないことは周囲への言伝で想定内だ。だからと言って帰ってくるまでおとなしく待つわけにもいかず、そもそもいつ帰るのかもわからない。
ゼミの友人たちのとろではなくのは大学での反応で判明していた。部活の女子マネージャーたちからは名前の体調を心配されたのでそこでもないだろう。
福富に心配されながら、近い人間からしらみ潰しに調べようと腹を括ったところに携帯が鳴った。

「金城からだ」

鳴ったのは福富の携帯だった。
レース前でもないのに連絡があるのは珍しいらしく、福富が首を傾げて通話に出る。

「久しぶりだな。ああ、そうだ。なぜ知っている?………そうか。アイツも相変わらずだな。わかった。伝えておこう」

変な会話だなと思って聞いていると、話を終えた福富がクルリとこちらを見た。

「荒北のところだ」
「………は?」
「苗字は荒北のところにいるそうだ」

その手があったか。盲点だった。

「そう言えばゼミの子たちには旅行に行くって言ってたな」
「苗字は嘘は言わんからな」

こんな時まで律儀なことだ。

「でも何で真護くんが?」
「荒北は口止めされているらしい。新開には言うなと」
「だから真護くんに言って、真護くんは口止めされてないから伝えてくれたってことか?」

福富が頷く。
何で自分の周りはそんなに義理堅い人間ばかりなのだ。嘘をついたり裏切ったり、そういうことを知らないとしか思えない。

「じゃあ靖友に連絡してもダメだな」
「だろうな」
「直接行ってくる」
「ああ。部活の方はうまく言っておいてやる」
「すまねぇな」
「慣れている」

少しだけトゲがある言い方なのは甘んじて受けるしかなさそうだ。
午後の講義は放棄してそのまま駅へ向かう。途中バイトを交代してもらう手筈をして、一応荒北の携帯へこれから向かうと連絡した。名前のことを聞いたわけではないので荒北も新開の意図を察してくれるはずだ。
1番早く着く新幹線に乗り静岡を目指す。帰りは名前と2人だと決めているので自転車は部室においてきた。


***


『いいよ』

酔っているはずなのに彼はその言葉に目を見開いて驚き、そして泣きそうに笑った。


***


「いつまでいる気だよ」
「迷惑かけてる自覚はあるよ」
「なら早く帰れよ。おまえがいるとオレらがヤれねェだろ」
「ラブホ代出す」
「そういうこと言ってんじゃねェし」

荒北の怒りはごもっともだ。
電話一つでいきなり転がりこんできたにもかかわらず置いてくれている荒北とその彼女には本当に感謝している。
一つ言い訳をさせてもらえるとすれば、引っ越していたのは知っていたがまさか同棲していたとは知らなかったのだ。

「荒北は何で同棲しようと思ったの?」

唐突な質問だが名前がこういう人間であることを荒北は知っている。

「お互い一人暮らしだったし半分一緒に住んでるようなもんだったからな。行き来するんのメンドーだしィ?」

照れがあるのだろう。髪を掻きながら視線を合わせずに答える。

「荒北から言ったの?」
「ンだよ。珍しく絡むな」
「一緒に暮らすってどういうことかなって」
「おまえ酔った新開に何言われたんだよ。まだ言ってねぇことあんダロ」

荒北には前後不覚になった新開に朝まで抱かれたことに腹が立ったので来たと伝えた。だが長い付き合いだ。それだけで名前がこんなところまで来ないことはわかっているのだ。

「聞いてやっから言えよ」

「さっさと帰ってほしいからな」と付け加えたが、名前の気持ちが落ち着くまで待っていてくれたのだろう。東堂はよく荒北のことを甘いと言っていたが、甘いというよりも優しいのだ。
転がり込んで3日。確かに動揺は収まった。しかし何から言い出したらいいのだろうか。

「おまえは酔ってヤられようが多少暴言吐かれようが気にしねぇだろ」
「人のこと何だと思ってるの?」
「それがだ。こんなところに逃げてくるくらいには動揺したんだろ?何でだよ」
「………つけないでシたいって言われた」

躊躇ってようやく発した名前の言葉に、荒北は通常の3倍は顔を歪めて「あー…」と言いながら先程よりも5倍の速度で髪を掻いた。

「ねぇ、男はどんな気持ちで言ってるの?」
「新開マジぶん殴る……」

荒北からすれば飛び火もいいところだ。
異性の友人に気軽に答えられることもでもないことはわかっている。しかし新開を理解していて、かつ名前に答えてくれるのは荒北しかいなかった。福富は物理的に近すぎる。東堂は普段厳しいくせにこういう時には名前の気持ちを汲みすぎる。

「じゃあおまえはどうなんだよ?」
「私?」
「新開に言われて、どう思った?重要なのはそっちじゃねーの?」

その一言に何かがつながったような気がした。
『どう思ったか』
そうだったのだ。
名前が自分の気持ちを理解した時、荒北の携帯が鳴った。

「あ?今?家にいるけどォ?」

荒北は目の前で遠慮せず携帯に出ている。彼の家なので当然のことではあるが。話を聞いてくれるのではなかったのか。

「知らネーヨ。自分で確かめろよ。ンなこたァ」

言いっ放しで通話を切る。
相手は金城だろうか。随分気安い仲になったものだ。高校時代に荒北のああいう態度はよく見ていた。相手は決まって新開だった。

「………荒北」
「何だよ」
「今の電話、誰?」
「言う必要あるゥ?」

その返答で充分だ。
名前は急いで荷物を持って出て行こうと立ち上がる。

「残念。そこらへんはアイツの方が上手だったみてェだな」

ニヤリと笑う荒北が言い終わらないうちにピンポンという音が聞こえた。


***


『なぁ名前、つけないでシたい』

あの夜、いや何度も何度も抱かれた後だったので明け方頃だったかもしれない。途切れることのない快感に体の感覚が麻痺している名前に新開が告げた。
名前たちは学生だ。「ダメだ」の一言で済んだはずだ。
だが名前は覆いかぶさる新開を見上げて言ったのだ。

『いいよ』




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