01


目が醒めると彼女の部屋のベッドだった。
それ自体はよくあることだが、問題は昨夜の記憶がさっぱり抜け落ちていることだ。大学の自転車部のメンバーに祝勝会をしてもらった。新開には珍しくしこたま飲んだ。それがなぜバイトが抜けられず欠席していたはずの名前の部屋に来たのか。

「全然覚えてねぇ」

記憶を辿っても肝心な部分は抜け落ちたままだ。とりあえず状況を把握することにする。
全裸で寝ているということはまあアレだろう。ゴミ箱のティッシュや床に落ちているゴムの箱もある。
よく見ると空箱だ。
記憶の中ではあの箱の中には半分以上未使用のものが入っていたはずだ。否定したいが、破り捨てた袋たちが散らばっているので僅かな希望も砕け散る。
恐る恐る布団をめくって見ると、昨夜の出来事を物語るシーツの汚れが目に入る。

「オレ何やったんだよ…っつーか何回ヤったんだよ…」

酒に酔った勢いで抱いたことがないわけじゃないが、少なくても酩酊状態ではしたことはなかった。これまでの全ての情事を思い出せるのに、昨夜のことは全く思い出せない。

「はー………最低だ」

名前は大学へ行ったのだろう。起こさなかったのか起きなかったのか。普段なら必ず声を掛けて出て行くのに。
部屋がこの状態なのもおかしい。
新開の知る名前は遅刻してでも床のゴミは拾って片付けていく。
結論は……

「めちゃくちゃ怒ってる」

もう一度寝たら夢にならないだろうか。目を瞑ってしまいたい誘惑を辛うじて打ち消し、新開はバスルームへ向かった。


***


ゴミを捨てシーツも洗濯して干してきた。その間に何度か携帯に連絡を入れたが反応はない。
講義の合間に電話を鳴らすが出ず、LINNEも既読にすらならない。

(これはヤバい)

名前の静かな怒りが背筋から這い上がってくるようだ。

「新開」

携帯を見つめて立ち尽くしていると福富が新開を見つけて近づいてくる。福富はいつもと変わらない表情のはずなのに嫌な予感がした。

「苗字は具合がよくないのか?急にしばらく部活を休むと連絡があったのだが…」

予感は的中した。
福富に詳しく話を聞こうとすると、追い打ちをかけるように背後から「あれ?」と声がする。

「新開くん何でいるの?名前と旅行に行ったんじゃないの?」

名前と同じゼミ生の女子が不思議そうに新開を見ている。
福富も何のことかわからず眉を顰めている。
何のことかわからないのは新開も同じだが少なくてもわかることが一つある。

「寿一、すっげぇヤバいんだけど」
「………部室で聞こう」

福富は一つ息を吐いて顔面蒼白の新開を促した。


***


正直全てを福富に話すのは抵抗があったが、記憶が抜けている新開には手持ちの情報が少なすぎて知っていることを残さず話すしか方法がなかった。

「昨日は珍しく酔うほど飲んでいたな」
「止めてくれよ寿一…」
「席も離れていたからな。どれくらい飲んだか詳しくは知らん。立って歩いていたから問題ないかと思っていたんだが」
「問題大アリだよ」

落ち込む新開に部員たちが何事かと寄ってくる。さすがに他の部員たちには名前とのことは話さず昨夜の記憶がないことだけに留めておいた。

「あれじゃね?優勝のお祝いにって店長が出してきた日本酒。あれ飲みやすくて美味いんだけど度数がすげぇの」

酒は飲めども飲まれるな。
先人の言うことはよく聞くべきだ。

「昨日はバイトで打ち上げに苗字がいなかっただろ?だからここぞとばかりにヤロー共が苗字とのことを聞こうと飲ませまくってたんだよ」

ここにきて更に怖い情報が出てきた。
昨夜の自分には一ミリの自信もない。これ以上名前を怒らせる何かがあるかと思うと血の気が引いていく。

「オレ…何か変なこと言ってたか?」

新開の絞り出すような質問に、問われた男子部員は苦笑いをする。

「変なことは言ってないけどさ、新開と苗字って普段全然ベタベタしてないから意外だなって」
「聞きたくねぇけどオレが口滑らした内容教えてくれ」
「基本的には新開がスッゲェ苗字のこと好きってこと繰り返してた。高校1年かの時からずっと好きだって。いつも一緒にいたいけど怒られるから我慢してるとか毎日でも抱きたいとか。そんな感じ」

そこまでなら新開のことだけなので問題はない気がする。ただの惚気として処理してほしい。

「あとは…」
「まだあるのか」
「どんな体位が好きかとかどこがツボかとか聞かれてたけど、それは断固として言わなかったな」

一ミリの自信もなかった昨夜の自分を少しだけ褒めたい。

「あ、でもブラサイズは暴露してた」

それは怒られる事案だ。


***


部員たちの話をまとめると、馴染みの店で祝勝会をしていたところ店長の好意で出された日本酒が原因(人為的なものも含み)で酩酊。しかし立って帰れる様子ではあったため心配する者もなく、解放後は寮に戻らず名前の家に行くと1人去っていった……らしい。
その後の肝心な部分はわからないが、昨夜は名前の家に行く予定はなかったのに向かったことを考えると、部員たちと名前の話をしているうちに我慢できず会いに行ったのだろう。携帯を確認したが電話もメールもLINNEも残っていなかったので完全な押しかけだったはずだ。
酩酊状態の新開を追い返すこともできず招き入れた名前はそのまま朝まで抱き続けられたのだろう。

「最低だ……」

本日2度目になるその言葉は福富の「そうだな」という肯定で確定した。




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