*ラブレター
「これは?」
目の前に差し出された封筒。
伝統的な告白方法だということは明白だ。聞きたいことはそんなことではない。
「新開くんに渡してほしくて…」
「ごめんなさい。私はそういうのお手伝いしないことにしてるの」
きっぱりと断りながら、女子生徒の姿を観察する。
小柄な可愛らしい子だ。いかにも女の子らしい女の子。しかしピンクのリップがつけられた唇は名前の返答に不満を隠さず突き出された。
「苗字さんは新開くんが好きなの?」
「断るとみんなそうやって言うけどさ、新開が告白される回数知ってる?私は自転車部のマネージャーで新開のマネージャーじゃないんだよね」
新開のモテ具合と言ったら半端ではないのだ。一度引き受けたら最後、名前は伝書鳩よろしく働かなくてはならなくなる。
「下駄箱とか机の中に入れるとか、他に方法はあるでしょう?」
「新開君が気付かなかったら困るじゃない」
(私が困るのはいいのか…)
「それに目の前にいたらちゃんと自分の気持ち言えるかわからないし」
「そんなのシンプルに好きって言えば通じるでしょ」
この応酬は何なのだ。
新開が好きだという女の子にどうして告白の方法をアドバイスしているのだろう。
「苗字さんって結構遠慮ないよね」
「知ってもらえてよかった」
「…はぁ。もういいや。自分で告白する」
初めからそうしてくれればいいのにという一言はさすがに飲み込んだ。
「巻き込んでごめんなさいね」
「私も言い過ぎた。ごめん」
女子生徒は納得したようで笑顔で手を振って校舎へ戻っていた。
彼女はいつ告白をするのだろうか。今日の放課後か、明日の昼休みか。
どちらにしても名前にはどうすることもできない。
「何で和解できるのかね」
その声に全身がビクリと揺れた。
振り返るとパワーバーを咥えた新開が校舎の蔭から顔を出していた。
「新開。何で…?」
「あー……」
「告白されてたのね」
何ということだ。告白の手伝いを頼まれている裏側でまさに告白が行われていたとは。
はやりモテ具合は尋常ではない。
そして一人でここに残っているということは…。
「断ったんだね」
「当たり前だろ。好きな子じゃないんだから」
サラリと言うのだ、そういうことを。
(ズルイ…)
そんな言葉をそんな優しい顔で言わないで欲しい。
口籠もる名前にクスリと笑って、新開はパワーバーを差し出してくる。それを受け取って袋を破る。
「さっきみたいの多いのか?」
わざとらしい明るい声だ。
「月に1・2回くらい」
「そうか…すまねぇな」
「新開が謝ることじゃないでしょ」
「だってさ、彼女がいればこんなことにはならないだろ」
パワーバーを口に入れようとして止まる。新開は特に表情を変えずにモグモグと咀嚼を続けている。
「それにオレのせいで苗字に迷惑かけるのは申し訳ない」
「お互い様だから」
「知ってたのか」
新開が名前のガードになってくれていることは何となくわかっていた。人当たりがいい彼は頼み事もしやすいのだろう。だが新開がその手の話を名前のところへ持ってきたことはない。
「まぁ苗字はうまく断ってるみたいで少し罪悪感は減ったかな」
「今日はたまたまだよ。あの子がいい子だったんだよ」
「はは。そんな風に言える苗字はすごいと思うぜ。オレは無理だな」
「……それはどういう意味か聞いてもいいのかな」
ニヤリと意味深な新開に名前はため息をつく。
まただ。
思わせぶりな態度をしておいて、それ以上言うつもりはないようだ。
「彼女ほしいなぁ」
それでいてこんなことを言うのだ。意地悪をしたくなっても責めないでほしい。
「私は彼氏ほしいとは思わないけど?」
「泣くぞ…」
「泣いても胸は貸さないから」
「それくらい貸してくれよ」
「それくらい言うな!」
「あー彼女ほしい……」
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