*新しい帰り道


「明けましておめでとう」
「おめでとう。今年もよろしくな」

年が明けて3日。名前は秦野を訪れていた。目的はもちろん新開家を訪問するためだ。
最寄り駅まで迎えに来てくれた新開に連れられて何度目かの道を辿る。駅前は新年独特の空気が流れており、すれ違う人の表情も日常のせわしなさから解放されているように見える。

「今日は悠人もいるの?」
「ああ。どっちが名前を迎えに行くかで喧嘩になるところだったよ」

新開の笑った息が白い。寒いのが苦手な新開は着ぶくれてしおり、せっかくの逞しい肉体は隠れてしまっている。本当は名前ももっと着込んできたかったのだが、新開の家に行くのにそれは躊躇われた。昨夜から悩んだ結果、少しかしこまった服を選んできたくらいなのだから。

「…緊張してるのか?」
「してる」

素直に認める。

「もう何回もウチに来てるだろ」
「それが理由じゃないってわかってるでしょ」

からかい口調の新開を軽く叱責する。
この緊張の理由など考えるまでもなくわかっているだろうに。

「まだ言ってないんだよね」
「もちろん。今日一緒に言おうって決めただろ」
「そうだけど…」
「せっかくなら2人で報告したいだろ。結婚するって」

昨夜一人でいる時はもしかして今までのことは夢だったかもしれないとすら思った。でもこうして新開の口から発せられる言葉は驚くほど現実のものとして名前の中に入ってくる。
きゅっと握られた手は、手袋越しでもぬくもりを感じる。

「驚くかな」
「どうだろうな。すごく喜ぶとは思うぜ」
「…だったらいいな」
「ずいぶん弱気だな。ウチの親が名前好きなのは知ってるだろ」

付き合ってから何度も新開家へ招かれた。そのたび喜んで迎え入れてくれることには感謝しかない。
しかし結婚となると話は別だろう。
名前がそう不安を口にすれば、優しく新開が頭を撫でる。

「そんなに難しく考えることないのに」
「一生のことだよ」
「何だ。それならもっと簡単だ」

簡単だと言い切られて白葉は反発の視線を向ける。
そんな名前に柔らかく微笑んで、新開はそっと触れるだけのキスを落とす。

「オレは一生名前だけだって決めてる。もうずっと前から」

再び唇が触れそうなくらい近い距離で見つめられる。
青い瞳は名前の奥の奥を覗いている。

「悩むことも迷うことも何一つない。名前はどうだ?」

数十秒前までが嘘のように頭の曇りが晴れていく。
今度は名前から唇に触れると、新開が腰に腕を回して抱きしめてくる。
どんどん深くなっていく口づけに体が火照っていくが、まだ先ほどの問いに返答していない。厚い胸を何度も押し返してどうにか一瞬の間を作る。

「私も隼人だけだよ」
「知ってる。…だからもう一回」

更にきつく抱きしめられて名前の唇が塞がれる。
大切なことを話していたはずなのにどうやら新開に火をつけてしまったらしい。
何度キスをすれば満足してくれるだろうか。終わったら乱れた髪を梳いてリップも付け直さなければ。
名前の心配はもう別のものに変わっていた。
寒さと緊張で冷えた体も熱を持ってしまっている。
新開といると全てを彼に持っていかれてしまうのだ。そして新開はその全てを温かく綺麗なものにして名前に戻してくれる。

「隼人、ありがとう」

白い息は変わらない。だがそれは自分が温かいからこそだと思える。
新開も手袋を外して名前の手を握る。
今年が最後だ。
来年、この道は名前にとっても帰り道になっている。
そして「おかえり」と迎え入れられるのだろう。
幸せな想像を膨らませて、名前は新開の手を握り返した。




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