*12月30日
「誕生日おめでとう。はい、プレゼント」
「ありがとう」
悠人はキラキラした目で包みを開けている。その笑顔が記憶の中の彼に重なった。
「名前さん、昔の隼人くん思い出してたでしょ」
「ちょっとね」
「名前さんって意外と隼人くんのこと大好きだよね」
意外とはどういう意味だろう。一応恋人なのだが。
そんな心の中の疑問は悠人にも伝わったらしい。
「いやぁ隼人くんは名前さんのことベタ惚れだから。嫉妬深いし。でも名前さんはあまり表に出さないでしょ」
「表に出してたらキリがないだけだよ」
「あーモテるからね、隼人くん」
同じ顔でさらりと言ってしまうあたり悠人もモテるのだろう。しかも新開より女の子の扱いがうまそうだ。
「お待たせしました〜」
2人の会話を遮るように注文したケーキが運ばれてきた。どうやら名前の苦笑は悠人にバレずに済みそうだ。
***
誕生日を祝ってほしいと(悠人以外であれば)図々しいとも言えるお願いを聞き入れ、気になっていたカフェに来ることが決まったのは1ヶ月前だ。悠人とはこまめに連絡を取り合ってはいるが直接会うのは夏のインターハイ以来になる。箱学自転車部の近況や悠人個人の学校や寮での話、名前の明早大自転車部の様子や一人暮らしの話、話題は尽きない。
「…でね、その時の葦木場さんの写真なんだけど…。あれ?隼人くんからメッセージ入ってる」
携帯を確認した悠人が眉根を寄せる。
「……今日オレと会うこと隼人くんに言った?」
名前はカフェオレの入ったカップに口をつけながら首を振る。
新開に言ったら面倒になることは名前もわかっているので「隼人くんには絶対に言わないでね」という悠人に素直に従ったのだ。
その名前の前に差し出されたのはLINNEのアプリ画面だ。
『悠人、名前と一緒にいる?』
見えないはずの自分の眉間に皺が寄っていくのがわかる。
「GPS入れられてるんじゃないの?」
「いやいやいや。悠人、お兄さんのことなんだと思ってるの?」
「名前さんのことに関してはただの変態」
なぜたまにしか会わないはずの悠人がそこまで言うのか。呆れる名前の前で悠人が指をスラスラ動かして書き込んでいる。
「何て返信したの?」
名前の問いにニッコリと笑ってこちらへ向けられた画面は、頭が痛くなる内容が送信済になっていた。
『今好きな人とデート中だから邪魔しないで』
悠人は名前の反応を楽しんでいる。年上をからかうとはいい度胸だ。
「じゃあ私も『お気に入りの子と遊びに来てる』って送る」
「ちょっとそれマジでやめて。隼人くん怖いから」
名前が携帯を取り出したので悠人が慌てる。ふと画面を見ると新開からのメッセージが入っていた。
『今どこ?』
名前が固まっているので悠人が画面を覗きこんでくる。
「…名前さんさぁ隼人くんに何したの?」
「え?私のせい!?」
「でなきゃ隼人くんがこんなにワガママになるわけないでしょ。基本的に他人に興味ないし、誰かに何かをしてほしいって欲求も薄いのに」
悠人は再び鳴った自分の携帯を見て「今度は電話だよ」とため息をつく。
「名前さんが出て説得してよ。隼人くんのこと骨抜きにした責任取って」
「やっぱり私のせいなの!?」
「オレ間男扱いだよ?ヒドくない?」
それは自業自得ではないかと抗議する前に悠人が通話をオンにしてこちらへ渡してくる。名前が睨んでも全く怯まない。
『悠人?』
「……」
『名前だな?』
こちらの会話はわかっているはずの悠人は、素知らぬ顔でティーカップを傾けている。
『どこにいる?迎えに行く』
「悠人といるから大丈夫だよ」
『そういうことじゃないだろ』
不機嫌を隠そうともしない声音にそれ以上抵抗することもできずに店名を告げる。絶対に移動するなと言い含められて通話を切ったところで、悠人がじっとこちらを見つめていたのに気付く。
「オレ、絶対にお義姉さんとは呼ばないからね」
「何の話?」
「名前さんが責任取ってくれたらの話」
イタズラっぽく笑う悠人に肩をすくめる。
「そんな先のこと誰にもわからないでしょ」
「そうだね。でも、オレだけじゃなくてみんなが望んでる未来だってこと知っておいてね」
外を見ると雪がちらつき始めていた。新開が迎えに来る頃には足元は白く染まっているかもしれない。
名前は新開への弁明を考えるために2杯目のカフェオレを頼むことにした。
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