*海に残る痕


夏だから海というのは安直ではないか。降り注ぐ日差しは海面に反射してキラキラと目に痛い。そして目に痛いのがもう一つ。

「いい眺めェ」
「目の保養だな」

荒北と東堂の視線の先には女子マネージャーたちの水着姿がある。もちろん自分たちも水着なのだが、男女でこうも意味合いの違うものがあるだろうか。

「山は行くが海は来ないからな。隼人、どうしたのだ?」
「どーせ苗字の水着に下半身が反応してんだろ?」
「さすがのオレもそこまでじゃないぜ、靖友」
「苗字だけパーカーを着ているが」

福富の一言で冷たい視線が新開に集まる。

「オレが痕つけたせいだと思ってるだろうけど違うからな?」

前科がありすぎるので疑われても仕方ない。しかし新開の主張は嘘ではない。
自転車競技部の面々がインターハイの慰労も兼ねて海を訪れることが決まってから、名前は痕をつけたら1週間触らせないと宣言し、新開はおとなしくそれに従った。

「じゃあなぜ脱がないのだ?日焼け…は今更だしな」
「胸に自信がないとかァ?」
「いや、見た目以上にあるぜ」

今度は新開の一言で冷たい視線が集まる。確かに失言だった。

「名前。いつまでパーカー着てんの!?」
「ほら、脱いで!」

女同士は時に容赦ない。名前と同じ3年の女子マネージャーたちがジッパーを引っ張る。
あたりにいた男子部員が耳聡く聞きつけ凝視しているのはいただけない。
この中で1人抵抗するのは無意味だと諦めた名前が渋々パーカーを脱ぐ。

「何と言うか………」
「エッロい体」

言葉を選ぼうとした東堂の気遣いを台無しにする荒北の直球に、新開が溜息をつく。

「バランスというか…まぁそうだな」
「特に腰のクビレ」

人の彼女の品評をするなと言いたいが、同じ男としてよくわかる。
名前の体は非常にバランスがとれていて、荒北の言うように腰から下のラインは絶妙だ。

「あれは1年には酷ではないか?」
「銅橋はあからさまに見ないようにしてるな。真波は…ガン見してんな」
「隼人もよくパーカーを脱ぐのに反対しなかったな」
「まぁせっかくの海だし。減るもんでもないからな。あ、でも黒田。おめさんは見るなよ?」
「何でですか!?この場合オレだけじゃなくて男全員同じでしょ!?」

後ろでパラソルをさしていた黒田が吠える。

「やっぱりパーカー着てちゃダメ?」
「ダメ。巨乳じゃないけど胸の形いいし」
「クビレとお尻の曲線も最高」
「そんな体持ってんのに見せないのはもったいない」

口々に出てくる女子たちからの言葉は褒めているはずがエゲツない。名前も困り果てている。そろそろ助け舟を出してもいい頃合いだろう。

(減るもんじゃないけどずっと見せてやるのも…な)

あいにくそこまで広い心は持ち合わせていない。あの体のラインを存分に眺めていいのは自分だけだという独占欲はある。

「名前、海入ろうぜ」

新開が声をかけると、恨めしそうな他の女子の視線を感じる。
ある程度の深さのある海であれば、入ってしまえば見えなくなる。それならばパーカーを着なくても責められることもないだろう。

「新開くんってさ、ほんっっっと名前のこと好きだよね」
「何だ?今更」
「好きが過ぎることもあるかなって。名前が体育の着替えの時も気付いた時には終わってるくらいの早着替えだとか、寮のお風呂に入るのに人の少ない時間を選んでることとか知ってる?」
「…いいや」
「理由はわかるよね?好きなのはいいけどさ、名前が困ることもあるって知っててね」

パーカーを無理矢理脱がせたり、体型を遠慮なく評価したりしている割には何だかんだと友人を大切に思っているらしい。これだから女子の友情はわかりにくい。

「忠告、ありがとな」

にっこり笑って名前の手を取り海の中へ進んで行く。

「そんなに冷たくないな」
「隼人。その…なんかゴメン」

何に対する謝罪だろうか。体を晒したことか、友人から痛い指摘をされてしまったことか、困っている名前をフォローしたことか。この短時間で身に覚えがありすぎる。

「名前は痕残されるの嫌か?」

どうすればこの気持ちを伝えられるだろうか。名前が思っている以上に名前のことが愛しいのだと、どうしたらわかってもらえるだろうか。
言葉だけじゃ足りなくて、全身で心の全てを使って伝えても足りない。足りなくて、伝わっているか不安になって毎回毎回痕を残してしまう。

「嫌ではないけど…やっぱり見られるのはちょっとね」
「オレは見られてもいいけどな」
「ヤダよ」

キッパリと言い切る名前に、一瞬チクリと胸が痛む。やはり彼女の友人たちが言うように自分は『好きが過ぎる』のだろうか。

「痕を見られるってことは隼人からの気持ちを見られるってことでしょう。ヤダよ。隼人が私にくれるもの、他の人に見せたくない」

独占欲は自分だけのものだと思っていた。
気持ちが伝わっているか不安になるなんて、考える必要もなかった。
自分は自分が思っている以上に愛しいと想われている。
見られたくないという希望を叶えるため、砂浜を背に彼女の体を隠しながらキスをすると

「今なら目立つところにつけられてもいいかも」

なんて言われてしまい、結局胸元に唇を寄せた。




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