*その全てが愛しくて


シャワーを浴びて下着だけの姿で冷蔵庫から水を取り出す。汗がなくなった皮膚が新しい酸素をめいっぱい吸っているような感覚。
昨夜の余韻のような独特の匂いが残る寝室には細い手足を見せつけるような姿で眠っている女がいる。

「名前、起きて」
「ん……」

意外にも朝に弱い彼女の肩を揺らす。

「名前、10時になってる。早くしないと靖友たちが来る」
「じゅうじ…?」

目をこすりながらまだ寝惚けた声を出す彼女に体が反応する。他の人間には見せないだろう名前の姿は、新開の本能を刺激する。欲望をどうにか抑えて、名前の頬を撫でるに収める。

「今日は靖友と尽八が遊びに来るだろ」

ガバッと起き上がった名前は、もういつもの彼女になっていて新開は残念な気持ちとホッとした気持ちを同時に抱く。

「10時って言った!?」
「ああ。10時5分だ」
「ウッソ。あ、連絡来てるじゃん!ちょっと隼人、何で自分だけシャワー浴びてんの?」
「一緒がよかったか?」

しれっと聞く新開の体をまじまじと見る名前は悔しそうに口を開け尖らせる。

「名前、実はオレの体すごい好きだろ?」
「語弊が生じそうな言い方しないで。……好きだけど」

名前のこういうところがいけない。
安心させておいて予想外のタイミングで甘えてくる。
唇で名前の口を閉じ、腰を抱き寄せる。

「…勃っちまった」
「隼人シャワー浴びたんでしょ!?私これからなんだけど!」
「じゃあやっぱり一緒に入るか」

名前を軽々と抱き上げる。途中に何度か軽いキスをすると、バスルームへ到着する頃には名前もすっかりそういう顔になっている。

「好きなだけ触っていいぜ?」

名前の手を取って「どこがいい?」と尋ねる。

「ふわふわの髪」

指先を髪に触れさせる。

「厚い唇」

そのまま唇へ移動させる。

「色っぽい声」

喉仏へ。

「鍛えてる胸」

胸筋へ。

「無尽蔵なお腹」

クスリと腹筋へ。

「誰よりも速い足」

太腿へ。

「優しくて強い、でもちょっと情けないところがある隼人が全部好きだよ」

心臓を指して名前が微笑む。
そこからは名前が好きだと言ってくれた自分全てで彼女を愛した。
名前が「隼人」と名前を呼ぶ度、溢れてくる想いで涙が出そうになるのを必死で隠しながら。


***


「遅い!フクが迎えに来てくれたからこちらから来てしまったぞ!」

名前の部屋の前で東堂が腕を組んで仁王立ちしている。
東堂と荒北はなかなか迎えに来ない新開と名前を待ちきれず福富に連絡した。名前のアパートを知っている福富に連れられて到着することができたのだが、インターホンを押して出て来たのは部屋の主である名前ではなく苦笑いをする新開だった。

「苗字はァ?」
「ああ…いるんだけど…ちょっと体調が悪くてな」

頬を掻く新開の様子に3人が目で会話している。

「隼人、おまえたち付き合ってどのくらいになる?」
「3年だな」
「仲がいいのは何よりだが…」
「がっつきすぎんなって高校の時から言ってンだろォ!?バァカチャン!!」

荒北の拳が飛ぶ。深いため息は福富と東堂の2人分だ。

「…で、今回は何やらかしたァ?」
「体調が悪いのは本当なんだ。風呂でのぼせた」

3人の白い視線が痛い。何が起きたかなどお見通しだろう。

「今は昼だろう…」
「言うな、フク。仕方ない。オレが手ずから体に優しい料理を作ってやろう」
「福チャンは近くのスーパー案内してヨ。新開、てめェは看病してろ!!」

荒北はもう一度ゲンコツをお見舞いして大股で行ってしまった。福富と東堂は献立の話をしてやはりすでに背を向けている。
新開以外の全員が怒っているこの事態に今日の食事は喉を通らないかもしれないと、らしくない心配をした。




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