・Nurse of hell


「風邪ェ?」

いつもなら言い返してくる名前の声はない。苦しそうに咳き込んでいるのが何よりの証拠で、渡した体温計は38度を軽く超えた数字を写して戻ってきた。

「昨日の通り雨で濡れたからな。まァ寝てろや。腹は?お粥食えるゥ?」
「靖友はがっこー行って…」

弱々しい名前に体の奥から迫り上がるものを感じながら「そーゆーの気にすんなよ」と名前にか自分にかわからない忠告をする。
とりあえずコンロに鍋を置いて冷蔵庫から卵を取り出す。意識もはっきりしているようだし、たまご粥くらいなら食べられるだろう。

「名前ー起きられるかァ?」
「ん、大丈夫…」

緩慢な動きで体を起こした名前の背を支える。いつもより高い熱が手のひらに伝わってまた体が疼く。

「靖友、ありがと」
「んなこといいから食えよ」

ごまかすように名前を急かす。普段の名前なら荒北の様子がおかしいことに気づくだろうが、今日はさすがに促されるままスプーンを手に取る。
ゆっくり口に運ぶ様子だとか、咀嚼する時に漏れる声がどうしても荒北の劣情を煽る。

「靖友、どこいくの?」

気持ちを切り替えるために掃除でもしようかと立ち上がると袖を掴まれる。心細いと顔に書いてある名前を放置することもできず、生唾を飲み込んで再び腰を下ろす。

「食べたら寝ろよ」
「靖友そばにいてくれる?」

(ふだんからこのくらい素直になりゃいーのにな)

それはそれで大変だろうが、たまに擦寄られるのが体調の悪い時では手の出しようがない。

「いてやるから寝ろ」
「靖友、食べさせて」
「…勘弁しろよォ」

昨日の名前が今の自分の言動を知ったら発狂するに違いない。
それを考えるとまた堪らなく自分はどうしようもない。

「早く治してください」
「…なんで敬語?」

首を傾げる様が…と思って考えるのをやめた。
自分は今病院の看護師だ。
患者に欲情するはずもない。
仕事だ。
義務だ。
荒北が己の感情を殺して1時間。名前の寝息が部屋を満たす。熱のせいかたまに唸るがその声は悩ましげに聞こえるのを無視する。
気を紛らわせようとしても部屋の至る所が名前を感じさせて身動きがとれない。一緒に暮らしているのだから当然だが。
八方塞がりになったところで天の助けのように携帯が鳴る。

「金城?」
『荒北。苗字は大丈夫か?』
「名前は大丈夫だろ」
『まるで荒北は大丈夫じゃないみたいな言い方だな』

(大丈夫なわけねぇ。ちっとも大丈夫じゃねぇ!)

押し黙る荒北から何を感じ取ったかはわからないが、金城は今日の講義でレポートが出た話や自転車部のメニューの取り留めのない話を始めた。
正直とても助かる。
意識が名前から削がれるので先程より幾分か冷静になった気がする。

『カナちゃんを行かせようか』
「あー…そうしてくれるゥ?」

荒北の下半身を見透かしたような金城の提案に素直に従う。
反発もなく受け入れられたことに電話の向こうから苦笑する気配がわかる。

『もう少し辛抱しろよ』
「わーってるよ」
『電話切らない方がいいか?』
「……いや、それより早くカナちゃんに来てほしい」
『了解した。頑張れよ』

天使の降臨まで30分かかるだろうか。
いっそ風呂に入ろうか。
トイレに立て篭もろうか。
しかし高熱の名前を長く放置するのは心配だ。

「あーやっぱり元気な名前が1番だわ」

汗で額に張り付いた前髪を掻き分けてやる。

「やすと…も…」

決定打に荒北は立ち上がる。
心配だが仕方ないと言い訳しながらトイレに立て籠もることを決意した。




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