*アップルパイにご用心


賑わっている店内のほとんどは女性客だった。
さすがの名前もここまで客層に偏りがあるとは予想していなかったので、正面に座る福富が動揺するのは無理もない。

「お客さん、女の子が多いですね」

注文を届けにきたウェイターに声をかけると、形の良い眉を寄せて答えてくれた。

「いつもはもっと男性も多いんですよ。今日は特別です。シフトで女性に人気の奴がいて…」

もしかしたらと思っていたが、その通りだった。
フェロモンの具現化のようなあの男はバイト先でも女性を引き寄せているようだ。もっとも店の売上に貢献しているのなら悪いことでもないのかもしれないが。

「ここでしょ?イケメンの店員がいるカフェって」
「ほら、あそこ!青いメッシュの!」

今しがた店に入ってきた女の子たちの浮かれた会話に、運ばれてきたアイスコーヒーを飲みながら聞き耳をたてる。

「苗字、気分を悪くしたならすまない」
「今更これくらいで機嫌損ねたりしないから平気だよ。私も一度来たかったし。福富が誘ってくれてよかったよ」

そう伝えれば「ならいいが」とホッとしたように息を吐いた。
安心させる手前ああ言ったが、福富がアップルパイが食べたいと言わなければおそらく名前はここへは来なかっただろう。改めて彼の人気を確認する意味もなく、カフェなら他にもある。だが、新開はここのアップルパイが絶品なのだと言う。福富が食いつかないはすがない。
実際、福富の前に置かれたアップルパイは美味しそうだ。

「アップルパイおいしい?」
「食べるか?」
「食べたい」

福富が一口分をフォークに刺して差し出してくるので、深く考えず口を開ける。

「ストップ」

フォークまであと少しになったところで突然口を塞がれた。
振り向くと名前の口を手で覆った新開がウェイター姿で立っている。
噂のイケメン店員の登場に周りの女の子たちがキャーキャーと悲鳴を上げている。

「寿一、ダメだから。そういうの」
「すまん。他意はない」
「知ってるけどダメ。名前も寿一が相手だからって気を抜きすぎ」

返事どころか口呼吸ができない名前は頷いて意思表示する。まだ少し機嫌の悪い新開は手を離さない。
それにしても絶妙なタイミングで現れたものだ。

「おめさんたち目立つんだよ。美人が金髪の仏頂面とデートしてるって、スタッフが裏で噂してる」

名前の考えを見透かしたように新開が言う。

「もしかしてと思って見に来てみたら彼女が親友に“あーん”してもらってるのを目撃したオレの気持ちわかる?」
「本当にすまない」
「ほえんなさはい」

福富と2人頭を下げて素直に謝罪する。まだ口を塞がれている名前の言葉は不明瞭だが伝わっただろう。

「寿一が下心ないのもわかってる。妹と同じ感覚なんだろ?」
「その通りだ」
「仲がいいのは構わないさ。2人で出掛けてもいい。でもダメなことはダメ」

新開は厳しい口調で告げてようやく手を離すと、一度調理場へ戻っていった。そして1分も経たないうちに名前たちの席に戻って来ると、カチャンとテーブルにもう一つアップルパイが置かれた。

「名前の分のアップルパイ。これでいいだろ?」
「え?私はプリン頼んだし一口でいいんだけど」

自分の前に置かれたプリンを指差して主張するが、新開は店員としては不適切なニヤリとした笑みを見せる。

「食べられるだろ。奢りだぜ」
「プリンとアップルパイを?太っちゃうじゃん」
「大丈夫。運動すればすぐ元に戻るからさ」

運動を不自然に強調する。そして耳元まで口を寄せて続けた。

「無防備すぎた罰。覚悟しておけよ」

新開は「またな」と爽やかな笑顔で仕事に戻っていった。
目の前で「すまない」と謝るような視線を寄越す福富を責めるつもりはない。だが誘われても二度とこの店には来ないと自分に誓った。




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