・one reason
前期試験が終わって我に返ると、シンクにたまったカップ麺の容器とゴミ箱から溢れる大量のベプシのボトル、洗濯機からはみ出る服。要するに部屋がとてつもなく汚い。
連日の試験疲れで気力はまるでないが、このままでは明日からの走りにも影響が出そうなのでとりあえず大きなゴミ袋を広げるところから始めた。
片付け始めて数分。早くも飽きてきたところに名前から着信があった。
『靖友生きてるー?』
「今忙しいんだよ。後にしろよ」
『じゃあ出なければいいのに。声聞きたかったんでしょ?』
何でそんなに自信満々なんだとツッコミを入れることも忘れた。
確かになぜ電話に出たのか。
先ほど金城や待宮からも着信が入っていたのだ。それらはすべて無視した。待宮からはラインにも文句を入れられたので既読スルーしてやった。
『靖友くーん?本当に大丈夫?』
耳元から聞こえる声はすんなり荒北の中に入っていく。
(あー…そういうコトか)
試験でささくれた気分はすでに消えていた。
疲れは体のみで、気力は戻っている。
「名前」
『何?』
「30分したら来てくんネェ?」
『それって会いたいってこと?』
「他に何があンだよ」
珍しく素直に認めた荒北に、電話の向こう側で唖然としている名前の気配がした。
『試験がそんなにつらかったの?』
「うっせ」
名前の声を聞いて自覚したことがある。しかしそこまで今全部言ってやるつもりはない。
『でも何で30分したらなの?』
「部屋が壊滅状態なんだよ。足の踏み場もネェの」
『あはは。何だ、そんなこと』
名前の軽快な笑い声と同時に部屋のチャイムが鳴る。こんな時に誰かとドアスコープを覗くと、ヒラヒラと手を振る名前がいた。
『靖友の部屋がヤバイのなんて予想してたよ。だから一緒に掃除しようと思って来ちゃった』
ドアを開けると遠慮なく部屋に押し入ってくる。止める間もない。
一通り部屋を見渡した名前は荒北を見上げて笑う。
「予想よりちょっとヒドイかな」
「ダァから待てっつったろ」
「ヤダ」
「何でだよ」
「会いたかったからに決まってんでしょ!!それに2人の方が早く片付けられるし!」
怒りながらゴミを拾っている名前に言い返すこともできず自分も倣ってゴミを集める。
この憎たらしくもカワイイ生き物はなんだろうか。
そんなことを考えながら掃除をしていると、結局予定よりも早い20分で終えることができた。むしろ前より少し綺麗になった。
「靖友、何か食べよう」
「じゃあ名前で」
「却下」
「んでダヨ!」
「こういう時の靖友はただの飢えた獣だから。空腹だけでも満たしておかないと私が死んじゃう」
何か食べようと提案した割にコンビニで色々調達してきたようで、テーブルの上に次々乗せられていく。
荒北は何から何までお見通しな名前に抵抗することもできず、おとなしくパンの袋を開けた。
「名前」
「何?」
「……会いたかった」
消えそうなほどの小声も名前にはしっかり届いていたようで、「私もだよ」と頬を染めて笑った。
前期試験は確かにつらかった。
だが本当につらかったのは試験よりも名前の声が聞けなかったことなのだと知ったら、名前はどんな反応をするだろうか。
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