*You are still my hero.


高校の時は校内で見かける顔というのがだいたい決まっていた。寮暮らしだからそれは顕著で1ヶ月もすれば顔見知りばかりになったものだ。
だが大学は違う。同じ学部でも講義が違えば顔を合わせないし、違う学部ともなれば顔も名前も知らない人間の方が多い。

「あ、あの子だろ」
「ああ、苗字さんな」

それでも学部関係なく有名な人間は何人か出てくるわけで。それが自分の彼女で、ましてやその理由が彼女の見た目だとすれば心穏やかではいられない。
その日も構内を歩いているとゼミ仲間の一人が名前を見つけた。

「綺麗だなぁ」
「すげー合コン誘われてるらしいぜ」
「だろうなぁ」
「でも全部断ってるって」
「マジか。彼氏いんの?」
「高校から付き合ってる彼氏がいるんだと」

その彼氏が隣にいるとは露知らず、嘆くゼミ仲間を若干の呆れの気持ちで静観する。美人というだけでここまでか。名前の良さはそこではないというのに。
新開と名前の共通のスタンスとして「聞かなければ答えない」ということがある。付き合っているかと聞かれればYESと答えるが、ただの噂に対して「自分の彼女だ」とは言わない。そこから始まる詮索が執拗なのと、人の恋人だというのに紹介しろという人間が後を絶たないことを2人は熟知していた。

「新開くんだー!」
「背ェ高ーい」

黄色い声があっという間に新開を取り囲む。知らない(と思う)女子4・5人がゼミ仲間を押し退けている。周囲の他の人間たちも何事かとこちらを見てくる。
入学してしばらくは頻繁だったこの光景も少し落ち着いたと思っていたのだが……。
チラリと視線を前方に向けると、名前がフイと顔をそらして隣の学生と再び話し始めた。

(わかってはいるけど寂しいな…)

この程度で名前の嫉妬を得ようなど甘いのは知っているのだ。高校1年からまる3年、この手のことに名前は慣れすぎてしまった。恐らくは「またか」くらいにしか感じていない。

「新開くんLINE教えてよ」
「悪いけどそういうの困るんだ。オレ彼女いるし」
「えー?大学に入ったんだから新しい出会いあるよぉ?」

新しい出会いがなぜ恋愛に直結するのか。よく知りもしない人にラインを教えたり、彼女を蔑ろにして新しい出会いを求める男に何の魅力があるのか教えて欲しい。

「彼女って同じ大学じゃないでしょ?全然一緒にいないし。遠恋って冷めない?」
「いや、遠恋じゃなくて……」

そこにいるんだ、と言おうとして示そうとしたらすでに先ほどの場所に名前はいなかった。
少しくらいは助けてくれても、と思わず八つ当たりのような考えが浮かぶ。

「一緒にいないとダメ?」

凛として響いた声に、全員が振り返る。

「違う学部なんだから一緒にいないのは普通だと思ってたけど」
「オレはもう少し一緒にいてもいいと思うぜ」
「そう?じゃあそうしようかな。やっぱり気分いいものじゃないし」

名前が腕を絡めてくる。構内でそんなことをするなんて天と地がひっくり返ってもないと思っていたのに。
嫉妬、してくれているらしい。

「ヤッバイな。超嬉しい」
「妬いてないとでも思ってたの?」
「実はちょっと思ってた」

ジロッと睨まれたが嬉しさのメーターが飛んでいる新開への効き目はゼロだ。密着したところから名前の体温が伝わって今すぐその全てに触れたくなる。
ニヤける新開に無駄を悟った名前はコテンと頭を傾けてきた。

「新開の彼女って…苗字サン?」
「そうだよ」
「苗字サンの彼氏って新開なの?」
「そうだけど?」

新開のゼミ仲間は噂の美人を前にオドオドしている。諦めが悪かった女子たちも名前の堂々とした態度にヒソヒソ退散するタイミングを打ち合わせ始めた。

「新開が他の女子に靡かないのわかった…」
「いや、名前は美人だけどさ。オレが好きなのは……」

グイと強く袖を引かれると、名前が首を横に振っている。

「そういうの、いらない。私が好きなのは隼人だし、隼人が好きなのは私でしょう?」

本当にどこまで煽ってくるのか。
カッコよく庇ってくれた後にこんなカワイイことを言う。ここが家なら間違いなく押し倒している。代わりに額と額を合わせる。

「やっぱり好きだ。名前だけが好き」
「……知ってる。ホラ、行こう」

新開を引く名前の手は熱い。

(キスしたいな。抱きたい)

気持ちが伝わらないかとギュッと手を握り返すと、名前がやはりキュッと握り返してくる。

「家まで待って」

伝わった。
それが更に嬉しくて、もう顔が綻ぶのはどうしようもない。
すれ違う人たちが驚き、羨望、揶揄、様々な目線をよこしてくるが今の自分の高まる気持ち以上に強いものなんてありはしない。

「隼人」
「何だ?」
「私も大好きだから」

降参だ。
好き過ぎてどうにかなってしまいそうだ。これ以上好きになることなんてないと思っているのに、どんどんどんどん好きになる。


***


助けてもらうのが嬉しいなんて間違っているのかもしれない。

でもこんなこと思うのも彼女だけで。

そんな自分のこともきっと笑ってくれるだろう。

あの夏のはじめから3年。

ヒーローは今日も健在だ。




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