13 Junuary


月曜1限の気が重いはずの講義。それだけではなく、会いたくない人間がいて余計に避けたかったはずの時間。そんなこと遠い昔の話のようだ。

「今日は……考えてこなかったな」

講義の最終日。いつもと同じ挨拶をしたはずが、様子の違う苗字に荒北の胸がざわつく。表面上は笑っていても楽しそうではない。なぜそんな顔をするのか。

「ねえ荒北くん。今日がこの講義の最終日って知ってた?」

知っているに決まっている。
この日が終わってしまえば苗字に会う理由も一緒にラーメンを食べに行く口実もなくなるのだ。自分たちは『友達』ではないのだから。
荒北が昨夜何時間考え込んだと思っているのか。しかしそれは隠して至って普通の返答をする。

「知ってんヨ。早く春休みになってもっとチャリ乗りてーからな」
「あはは。私はもっとバイト入れたいな」
「んで?今日が最後だから何だってェ?」

荒北の返答に少しだけホッとしたような苗字がそのまま会話をはぐらかそうとしたのがわかった。さきほどの自分のことは棚に上げてそれを引き戻す。
するとじっくり考えて苗字が口を開いた。

「私、この講義取ってよかった」

卒業式のような寂しげな笑顔は荒北の見たいものではなかった。自分でも顔つきが険しくなっていくのがわかる。

「最後にもう一つワガママ聞いてくれる?」

限界だった。
もう決まったかのような苗字の口ぶりに荒北は声を荒げた。

「最後のワガママなんて聞かねーヨ」

乱暴な物言いになった自覚はある。
しかし苗字にそれ以上言わせないためには強い言葉でないと止められないと思ったのだ。

「フケんぞ」
「え!?」
「どーせ最終日だ。単位に支障もねェし、フケてもいーだろ」

堂々と講義をフケる宣言をした荒北を教授が睨んでいるのがわかる。しかしこのまま呑気に教授の話を聞く余裕など今の荒北には1ミリもない。
苗字の腕を引っ張って教室を後にした。おとなしく苗字はついてきたが、腕を離すと怪訝そうに荒北を見上げた。

「どうしたの?急に…」
「急じゃなかっただろ」
「いや、急でしょ」
「チャリのスピードに慣れすぎて、こんなゆっくりなこともあるんだって思い出した」
「何のこと?」

話が噛み合っていないのはわかっている。しかし荒北にとっては急ではないのだ。少しずつ、少しずつだったが、それは確実なことだった。

「ゆっくりだけど変わるんだよ。人も、人の関係も」

最悪の出会いだと思った。その後講義で会った時もなるべく話したくないはずだった。
苗字はこじ開けるように荒北の心に踏み込んできた。だが心を見た瞬間、荒北のペースを察したようにゆっくりと歩調を合わせてくれた。
だから荒北は焦ることなく自分の過去に向き合うことができた。遅かったかもしれない。本当ならもっと早くできたことかもしれない。
しかしきっと荒北にとってこれが最良のタイミングだったのだろう。
それに気付かせてくれたのは他の誰でもない。

「私は………」
「変わったのはオレだけか?」

普通の同級生なんてとうの昔に超えている。友達という関係以上に荒北に踏み込んでいるのだ。

「オレに言いたいことがあるなら聞いてやる。ワガママでも何でも。でもそれは最後じゃねェ」

ラーメンが食べたいなら連れて行く。
野球が見たいならついて行く。
もっと言っていいのだ。
今以上の時間を共有してもっともっと荒北にワガママを言えばいい。

「ずっとオレの隣でワガママ言ってろよ、名前」

荒北が苗字の目を見てそう告げた瞬間、彼女の瞳から涙が溢れた。




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