09 January


「今日どこ行くゥ?」

それが毎週月曜開口一番の挨拶になるとは半年前の前の自分には考えられもしないだろう。
先に席に座っていた苗字が荒北の姿に「おはよう」と笑う。

「駅前にできた新しいお店行った?」
「あーそういやできてたな。豚骨だっけ」
「そうそう。まだ行ったことなくさ、そこにしない?」

年が明けて年度内の講義も残りわずかになってきた。それでも荒北と苗字の関係は変わらなかった。いや、正確には少しずつではあるが変わってきている。
しかし2人の関係を表そうとするとやはり言葉が見つからないのだ。
金城は彼女を『友達』と言った。だが荒北は彼女をそう呼ぶことはできない。
顔見知りにしては踏み込んでいる。しかし友達というには気安さが足りない。

「荒北くん?」
「ワリィ考えごと。駅前の豚骨な」

苗字と週1回ラーメンを食べに行く。春には抵抗があったその時間は荒北にとって今や当たり前のことになっている。
食べに行った時は大抵苗字がゼミでの話やバイト先での話をしているので荒北は聞き手にまわる。たまに苗字が自転車の話を振ってくればそれに答える。
苗字と過ごしている空間を苦痛と思うことはもうなかった。

「なァ」
「んー?」
「おまえ金城とメシ行くことあんの?」
「金城?あるけど?」
「ふーん……」

苗字が首を傾げる。当たり前のことを聞かれたという印象だ。やはり金城は苗字を誘っていることが度々あるらしい。あのレースの日、新開に言われたことが頭の中をよぎっては心をざわつかせる。

「あ、今度荒北くんも一緒に行く?」
「ハァ?嫌に決まってんだろ」
「でも金城とチームメイトなんだから一緒にご飯行くことあるでしょ」
「そりゃあな」
「私ともラーメン食べに行くでしょ」
「まァな」
「じゃあ何で嫌なの?」

言葉に詰まる。
苗字が理解できないという顔で口を尖らせている。

(何でって……)

苗字と金城が仲良く話をしている姿を見たくないとか、苗字が金城に笑顔を向けるのが気にくわないとか、せっかく苗字と一緒なのに金城がいては面白くないとか。

(そんなことを思うなんてどうかしてんだろ)


***


講義が終わった後に苗字と合流してラーメン屋に向かった。
部活までまだ時間があるので苗字とラーメンを食べるのはいつもこの時間なのだが、男の自分はともかくなぜ苗字があの量を平らげられるのかはいまだ謎だ。
新しい店なのでそれなりに客は入っていたが10分ほど並んで2人掛けのテーブル席に案内をされた。
正面に座った名前は楽しそうにメニューを見ている。
連れてきてよかったなという沸いて出た気持ちにとまどいながら荒北もメニューを開く。

「私さ、荒北くんに言ってなかったんだけど9月のレース見に行ったんだよね」
「あー…知ってる」

嘘をつく必要もない。少しだけ歯切れの悪いがそのままを答えた。
荒北が知っていたとは思っていなかったのだろう苗字は目を丸くしている。

「テントのところでおまえと金城が話してるの見た」
「何だ…声かけてくれればよかったのに」
「楽しそうだったからな。邪魔しちゃワリィだろ」
「何それ……」

あからさまに不満そうな苗字に慌てて言葉を追加する。

「オレも高校の時のダチと話してたからな」
「明早大の人たちね。チームメイトだったって金城から聞いた」
「あっそ」

さすがに「金城から何でも聞いているんだな」とは言わなかった。肯定されたら自分はどうすればいいのかわからなくなってしまうだろう。

「自転車ってすごいなって思ったよ。荒北くんが夢中になるの、少しわかる」
「1回見ただけだろ」
「そう。だから、少しって言ったでしょ」

レースを見て苗字は何を思ったのだろう。
ただの速度の速い自転車だと思っただろうか。
それでも高1の時に自分が感じたようなあの衝動を抱いたのだろうか。

「あのさ、聞きにくかったんだけど聞いていい?」
「何だよ」

珍しく緊張した面持ちの苗字は、正面に位置する荒北を見据えた。

「荒北くんが野球をやめたのは肩の怪我?それでも肘?」




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