07 September


苗字名前という人間について知っていることは多くない。
隣の中学に通っていたこと。
高校時代は野球部のマネージャーだったこと。
手段として努力を厭わないこと。
見た目にそぐわずたくさん食べること。
人の感情に敏感なこと。
なのに意外に人の恋心に鈍いところがあること。


***


その日のレースは2位という結果に終わった。しかし全力を出し切ったことには変わらず、優勝した相手が明早であっては悔しいが健闘を讃えるしかない。
レース後に明早のテント付近に行くと福富と新開が談笑しており、すぐに荒北に気付いて近づいてきた。

「久しぶりだな、靖友」
「いいレースだった」
「優勝したチームに言われてもなァ」

小突き合いながら話していると違うジャージを着ていることを忘れてしまいそうになる。それくらい一瞬で昔の空気に戻った。

「真護くんと靖友のコンビ、やっぱり怖いな」
「ああ。さすがだな」
「だァからそれを負かしたのはどこのチームだっての」
「金城はどこにいる?」
「金城?テントにいるんじゃねーの?」

何気なく自身の大学のテントを振り返った荒北は固まった。
金城はテントの前にいた。しかしいるはずのない人間の姿にレースの疲労で目がおかしくなったのかとさえ思った。

「彼女かな?真護くんも隅に置けないな。靖友知ってるか?」

新開の言葉で自分が見ている苗字が幻でないことだけはわかったが、それでもなぜ彼女がここにいるのか理解できない。

「彼女が来ているのなら声をかけるのはやめておこう」

真面目な調子で福富が言うので反射的に口が開いていた。

「彼女じゃねーヨ!」

自分でも信じられない強い口調に、福富と新開も驚いてこちらを見ていた。
嘘ではないがこんな風に否定することでもなかった。言い訳しようにも嘘ではないのでどう続けていいのかわからない。口を開いたまま次の言葉がない荒北に、察した新開が苦笑した。

「真護くんの彼女ではないんだな」
「おい。その言い方やめろ」
「誤解して悪かったよ」
「てめーいい加減にしろよ」

胸倉を掴みそうになって、新開の胸元にある「MEISO」の文字で我に返る。他校の学生との揉め事はご法度だ。
宙に浮いた手を降ろして舌打ちをすると、それでも懲りない新開が口を開く。

「真護くんと仲いいな」
「あいつ総北だからな」
「なるほど」

口角を上げている姿が癪に障る。言いたいことはわかる。しかし言ってこないのだ、新開という男は。すぐに口から出てしまう自分とは正反対だ。

「真護くんが1歩リードか?」
「ハァ!?」
「あれ?違う?だってあんなに仲いいぜ?」

新開が指差した先には笑い合う2人の姿があった。
苗字を見る金城の目がいつも優しいことは荒北も知っている。

「もしかして真護くんが『友達』って言ってたか?」
「な…!?」
「靖友、それって『今は友達』って意味だと思うけどわかってた?」

新開は呆れたようにため息をつく。

「意地張るなよ、靖友」

誰に対して何のために。
考えようとしても頭が拒否をする。

「荒北」

ここまで黙っていた福富が静かに話し出す。

「止まるなよ」

それは何よりも荒北が自分自身に言い聞かせてきた言葉ではなかったか。
ゆっくりと荒北の中で何かが動き出すのがわかった。




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