05 August


部活終わりに金城とラーメン屋に寄る。珍しくもないよくあることだ。馴染みの店に入ると「荒北くん、金城くん、いらっしゃい」と顔と名前を覚えている女将が出迎えた。そこまではいつも通りだった。

「今日は金城くんと?」

どんぶりを置いた女将が笑顔で尋ねてくる。
何を聞かれたのかわからずに荒北が眉間に皺を寄せる。

「この前彼女連れて来てくれたじゃないか」

そこまで言われても理解できずにフリーズしている荒北の横で、苦笑した金城が助け舟を出す。

「苗字のことじゃないのか?」

ギギギギと音がしそうなくらいぎこちなく首を回して金城を見る。

「何でアイツが出てくんだよ?」
「苗字とよくラーメンを食べに行っているらしいじゃないか」

いよいよ荒北の顔が険しくなっていく。元々の造作も相まってかなりガラが悪い人相だ。

「何でアイツ話してんだよ…」
「2人だけの秘密だったか?」
「変な言い方すんじゃねーッ!!」

ヤケになってラーメンをかきこんでいく荒北にまたしても苦笑して金城も箸を持った。
2人のやり取りを見ていた女将はからかうような目線を向けてくる。

「カワイイしよく食べるいい子じゃないか。お似合いだよ」
「だから彼女じゃねーって」
「また連れてきてよ」
「連れて来ねーよ」
「ならオレが連れて来よう」

荒北と女将が同時に金城を見てきた。

「オレと苗字は友達だからラーメンを食べに来るのにまどろっこしい理由も必要ないしな」
「何が言いてェの?」
「言葉のままだ。オレはいつでも誘えると言っているんだ」

売り言葉に買い言葉。いつもの荒北なら言い返してくる。だが待ってもその言葉は金城の耳に届かなかった。
荒北は確かに言おうとした。「なら連れて来ればいいじゃねーか」と。
なのに声にすることはできなかった。
想像してしまったのだ。
金城と苗字が並んでこの店に入ってくる。
至近距離で何を注文するか話し合う。
苗字はおいしいと笑って麺を啜る。
金城が穏やかな表情でそれを眺めている。
気付いた苗字が恥ずかしそうに頬を染める。

(何考えてんだよオレは……)

金城は黙りこくった荒北を気にせずラーメンを食べている。
荒北の前に置かれたものは先程から放置されている。

「早く食べないと伸びるぞ」
「あ、ああ……」

その日のラーメンの味は覚えていない。
どうやって帰宅したのかも記憶が怪しい。
覚えているのは自分の想像の中の苗字の笑顔だった。
それが現実に自分に向けられたものだったが、やはり想像の中だけのものだったが荒北は思い出すことができなかった。


***


時間というものは人を変える。
月曜1限の講義で当初苗字と荒北は前後の席に座っていた。苗字が先に座っていて、あとから来た荒北がその後ろの席に座る。

(いつからこうなったんだっけ?)

今、荒北の隣の席に苗字は座っている。
苗字が先に教室に来ているのは今も同じだ。だから変わったのは荒北なのだろう。
荒北は変わった。さすがに認めなければならない。
最初は話すことすら避けたい相手だったはずだ。
だがそんな感情はもう荒北の中にはない。

(友達…ではねェな)

苗字との距離感は友人のそれではない。もちろんチームメイトのそれでもない。
女友達がいなかったわけでは決していないが、荒北には苗字との関係をうまく表す言葉がなかった。

(コイツに聞いたら何て答えるんだろうな)

オレたちって何だ?と聞くのもおかしな話だ。
そもそも聞いてどうするというのだろう。
詮無い思考を停止して、荒北は講義に集中することにした。




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