04 July


「普通さ、女子はビュッフェ?とか行きたがるんじゃねーの?」

大盛りのラーメンをおいしそうだなと眺めていた名前が我に返ると、荒北が呆れた目線をこちらに向けていた。

「行きたくないわけじゃないけど、荒北くんと一緒で楽しいとは思えないから」
「……楽しくなくて悪かったな」

すねたようにそっぽを向いてしまったので、名前はおかしくなって首を振った。

「違う違う。荒北くんと一緒が楽しくないんじゃなくて、荒北くんと一緒に楽しめるところがいいなって」

あの最悪な第一印象から数ヶ月。彼がレース明けで休んだ月曜のノートを渡すことは暗黙の了解のように続いている。
そしてそのたびに一緒にラーメンを食べに行く。
最初は名前が行きたかった店へ行っていたのだが、何度か回数を重ねるうちに荒北が自分の馴染みの店を紹介してくれるようになった。
今日来たのも荒北が最近お気に入りの店だ。なんでも、替え玉が無料でたまに味玉をオマケしてくれることもあるらしい。

「荒北くんビュッフェ行きたい?」
「進んで行きたい場所じゃねーな」
「じゃあやっぱりラーメンがいい」
「珍しい奴」
「そうかな?」
「女はそーいうの気にせず自分の行きたいところ連れてけって言うだろ」

実際に言われたことがある言い方だ。彼女に言われたのだろうか。
そう言えば荒北に恋人がいるという話は聞いたことがない。だが、いるとしたら自分とこうしてラーメンを食べに来ることはマズイのではなだろうか。

「荒北くん、彼女いる?」
「ハア!?」
「いや、彼女いるなら私とラーメン食べに来るのって良くないなって」

気を遣ったつもりなのだが、荒北は今度こそ盛大に呆れてため息をついた。

「おめーに関係ねーだろ。いたとしてもラーメンだぞ?色気なさすぎだろ」

(……あれ?)

名前の胸の中に今よぎったものは何だろうか。
荒北の口の悪さには慣れた。そこは問題ではない。

(私、傷ついてる?)

なぜだろうと考えようとして、気付いたことが1つある。

『荒北くんと一緒に楽しめるところがいいなって』

名前は荒北と一緒で楽しいと思っているのだ。


***


「久しぶりだな、苗字」

構内で背後から掛けられた声に振り向くと、金城が手を振っていた。

「本当に久しぶり。なかなか会わないよね」

1カ月以上顔を合わせていなかったように思う。
たまにラインをしてもお互いあまり長い文章でのやり取りはしないのですぐ終わってしまう。

「これから講義か?」
「ううん。休講になったからどうしようかなって思ってたところ」
「昼がまだなら一緒に食べないか?」
「いいね!食べよう」

学食はお昼前だというのに混んでいて、空席を探すのにも一苦労だった。
選んだメニューは名前がオムライス、金城が定食セットだった。

「ありがとう」

一口目を口に入れようとした瞬間、金城が唐突に告げた。名前の驚いた顔と、食べようと口を開いた顔。どちらかおかしかったのかはわからないが、クスクスと笑っている。

「前にオレが頼んだノートの件だ」

わかっている。金城に礼を言われるとすればそれしか心当たりはない。
だが金城はあの時強制ではないと言ったのだし、ノートを貸すことを続けているのは名前が勝手にしていることだ。

「金城がお礼を言うことじゃないでしょ」
「それなら荒北から礼を言われているか?」
「…言われてはいないけど、お礼はしてもらってる」

1番最初に貸した時の「恩に着る」以来、お礼というお礼の言葉は言われていない。だが、ノートを渡すと「どこに行くゥ?」と聞かれるようになった。名前には十分だったし、荒北にとっても精一杯だろう。

「で、荒北はどんな礼をしているんだ?」

墓穴を掘ったかもしれないと名前が気付いた時にはすでに穴の中から金城が足をつかんでいるのだ。潔く諦めて穴の中に入った方が怪我は少ないはずだ。
それでも不要な怪我を負いたくない名前はなるべく慎重に言葉を選んでいった。




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