03 May


「ここかよ」

荒北が連れて行かれたのは量自慢のラーメン屋だった。隣では丼に山盛りにされた具沢山のラーメンに苗字が目を輝かせている。

「食べてみたかったんだけど、女子1人じゃ入りにくくて」

周囲の客は男、しかも量自慢の店だけあってガタイのいい人間ばかりだった。確かに苗字が1人で入るにはハードルが高い。正直座っている今もかなり目立っているが、それは気にならないらしい。おいしそうにラーメンを啜っている。

「荒北くんがかなり食べるって聞いたから」

高校時代はさらに輪をかけて食べる人間がいたので気にならなかったが、確かに荒北は体型の割に食べる。金城も驚いていた。
だが自分から来たいと言っただけあって、苗字の食べっぷりもなかなかだ。さきほどから荒北の隣で遠慮なく箸を進めている。

「しかも完食とかマジかよ」

荒北より遅れること10分後。汁こそ残しはしたものの具と麺は全て平らげた苗字は、げんなりする荒北を可笑しそうに見上げた。

「女の子がみんな少食だと思ってる?」
「ンなことは思ってねーけど程度があんだろ」

この小さな体のどこにそんな入るのだと思って改めて名前を見ると、体の作りが華奢でやはり女なのだと妙に意識してしまう。だからクルリとこちらに顔を向けた苗字に心臓が飛び跳ねてしまったのは仕方がないことだ。

「荒北くんは高校から自転車始めたんだよね」
「そうだけどォ」

苗字は中学の荒北を知っているのだ。自転車を始めたのが高校からだというのはわかっているだろう。
今更隠すことでも避けることでもないので肯定を示す。

「それでレギュラーになれるって相当練習したんだねぇ」
「1番上目指そうってんだから当然だろ」
「それ!」

ビシッと荒北の鼻先に指を突き付けてくる。

「1番上を目指せる人って少ないんだよ。言葉だけでは言えるけどね。そのために頑張れる人は貴重」
「おまえ何か部活やってたのか?」

苗字の口ぶりは明らかに自分の体験に基づくものだった。
少しだけ考えた後、苗字は笑った。

「私、野球部のマネージャーだったんだ」

なるほどな、と荒北は全てに合点がいった。
隣の中学で少し有名なピッチャーというだけで普通の女子中学生が荒北の名を覚えているはずもない。恐らく彼女は中学時代から野球が好きで、試合結果などを調べていたのだろう。
しかしそれを今理解したところでどうなるというのだろう。

「私さぁ鬼マネージャーって言われててさ」
「……」
「ちょっと、何か言ってよ」
「何言えばいいんだよ」
「そんなことないとか」
「知らねェし」

苗字との会話はどうに荒北のペースを狂わせる。
高校の後輩の真波もたいがいの不思議チャンだったが彼女もなかなかのマイペースだ。

「1番上を目指したいならこれくらいしなきゃってメニューを渡しても突き返してくるんだよね。こんなの現実的じゃないって」

荒北は入部当初のひたすらローラーを回した日々を思い出していた。あれも相当なものだった。

「でもさーじゃあどうやって1番になるっていうの?って」
「あー言いたいことはわかった」

苗字は1番になりたいという部員の望みをそのまま受け取ったのだろう。

「ソイツさ、何て言ってきたの」
「え?」
「1番になりたいって言ってきた?」
「えーと…自信はないけど『1番になりたいから協力してくれ』だったかな?」
「やっぱりな」

荒北も決してその分野に明るいわけではない。むしろ経験値は同年代の中でも低い方だろう。しかし生まれてこの方19年、男心には詳しいのだ。

「ソイツ、オマエの応援が欲しかったんだよ」
「は?」
「『1番になれる』って言葉が欲しかったんだろ。男って単純だからな」

苗字はそんなこと考えもしなかったのだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

「まぁ本気で1番になりたいならそのメニューもこなせって感じだけどなァ」

最後に苗字をフォローする言葉で締めると、恥ずかしさなのか、反省なのか、決して綺麗ではないラーメン店の卓上に顔を埋めてしまった。

「意外と鈍感なんだな」
「私、野球バカだから」
「ハッそりゃあ悪くねぇな」

荒北の言葉がどう響いたのかはわからない。しかし顔を上げた苗字は少しだけ頬を染めて「悪くないでしょ」と笑った。




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