*薔薇よりも赤く
その日箱根学園高等部女子寮は朝から大騒ぎだった。
「今日は朝練もなかったというのに疲れた顔だな」
教室へ入って鞄の中身も出さずに机に伏せていると東堂が見兼ねて声を掛けてきた。
あえてそれに答えずにいると苦笑する気配がした。
放っておいてほしいが東堂にそんな気はないらしい。
「まぁ心中察するがな。もう学校中の噂になっているぞ」
3月14日の今朝、寮に名前宛の荷物が届いた。
それを見た瞬間名前は固まり、周りにいた寮生は一気に騒ぎ始めた。
「真紅の薔薇が5本か」
東堂の呟きに名前の肩がピクリと反応する。
「花言葉は『あなたに出会えてよかった』だったかな。なかなかキザなことをしたものだな隼人も」
新開から届いた真っ赤なの薔薇の花。
数えると5本あったそれの花言葉は東堂の言う通りだ。
「何も寮に送らなくても…」
花を贈られたこと自体は嬉しくないわけではない。
しかし朝1番に届いた花は多くの寮生に目撃された。
もちろん誰からだという話になる。伝票に書かれた名前が自転車競技部のエーススプリンターだとわかった時の周囲の反応をぜひ東堂にも味わってほしかった。
「花くらい素直に喜んでもらっておけばいいだろう。それに元はと言えばおまえが蒔いた種だろうが」
「私?」
キョトンとする名前に東堂が「わかっていなかったのか」と溜息をつく。
「この前の卒業式の日、おまえは何人に呼び出された?」
「……は?」
突然の話題に頭がついてこられずに変な声が出た。
「だから、何人の男のところに行ったんだ」
「その言い方やめてよ。卒業式だったし仕方ないでしょ。それに東堂だって隼人だって呼び出されてたじゃん」
卒業式数日前から頻繁に呼び出された。
新開と名前が付き合っていることは周知の事実だが、最後に想いを告げたいという者は少なくなかった。目の前にいる東堂にしても呼び出された回数は片手では足りなかったはずだ。
「そうだな。だがな、隼人にとっては自分の呼び出しなど些末なことで、おまえが自分以外の男のところに行くのが我慢ならなかったのだろうよ」
ならば今日の薔薇はホワイトデーのお返しと同時に嫉妬からくる主張…マーキングいうことになる。
公衆の場で名前がそれを受け取ることが何よりも重要だったのだ。
そして新開の目論見は効果覿面だった。
「これまでもあったことなのに」
「卒業式前で頻度も高かったしな。オレが思うに、付き合っているからこそなんじゃないか?」
「それは……つまり……」
「独占欲だな」
こんな風に東堂に聞いてしまう自分も自分だが、友人に解説されてしまう新開も大概だ。
本当に何から何まで筒抜けでお見通しなのだろう。
愉快そうな口ぶりだがもはや腹立たしさすら感じない。
「元々嫉妬深い奴だからな」
「知ってる」
付き合う前から新開の独占欲を垣間見ることはあった。本人にどこまで自覚があったかはわからないが。
名前が逃避するように過去を思い出していると、東堂がそれすら見透かしたように現実に戻す一言を放つ。
「まぁ当の本人は今更恥ずかしくなったみたいで逃げを決め込んでいるがな」
名前がようやく顔を上げると、美形を自称する顔が綺麗に口の端を吊り上げていた。
「隼人どこにいるの?」
「朝早くに寮を出てからは姿を見ていないな。校内のどこかにはいるだろうが」
ガタッと立ち上がる。
「どこに行くんだ?」
「私だけ針のムシロなんて許せない。引きずり出してくる」
「おまえと隼人が並んでいたらもっと騒ぎになるぞ」
「隼人が仕掛けたんだから本望でしょ」
そう言い捨てて走り出した名前は迷いがない。新開の行先の見当はついている。
きっと背後では東堂が背中を折って笑っているに違いない。
しかし頭にあるのは新開のことだけだ。名前をみて薔薇より真っ赤になるだろう彼を想像して心が高鳴った。
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