*恋は病


探し人はあっさり見つかった。もう少し心の準備の時間が欲しかったが、彼女を見つけ出すことにかけては誰にも負けない自信がある。
心とは裏腹の習性に溜息をついてから声を掛ける。

「苗字」

さほど大きな声ではないが彼女は一度でくるりと振り返った。
手を振る新開を見つけて近づいてくる。

「何?」
「あのさ……昼一緒に食べないか?」
「今日?」
「今日、がいい」

新開が加えた言葉で悟った苗字は難しい顔をした。
予想通りの展開だ。

「断ったら?」
「ちょっと傷つくかな」
「…わかった。場所は後で送って」

困ったように、しかしそれだけではない表情を見せた彼女に胸が締め付けられる。
3月14日。
部室のロッカーでチョコをもらって1ヶ月。この日をどうやって迎えるか悩んだ。
きっと彼女はお返しなど望んではいないだろう。だが義理だと言われて渡されたチョコは新開にとっては何より欲しかったもので、他の人間からもらったチョコの何倍も甘かった。
それに悩んだであろう彼女がチョコを用意してくれていたことが、何よりも嬉しかったのだ。


***


「プリンだ…!」

昼休み。新開から渡された箱の中を覗き込んだ苗字が目を輝かせた。
ここでようやく全ての緊張が解けて大きな息を吐く。

「食べていい?」
「もちろん。お返しだからな」

苗字がピタリと動きを止める。やはり過敏に反応してくる。

「これでも考えたんだからもらってくれよ。プリン好きだろ」
「…つき返したりはしないよ。何でプリン好きなの知ってるの?」

好きなものに限ったことではない。
新開の視線の先はいつでも苗字だ。無意識に追ってしまう。
だから好きなものも苦手なものも新開が知らないはずはないのだ。

「苗字はオレの好きなもの知ってる?」
「知ってる、けど…」
「何で?」

そう尋ねると一気に苗字の顔が赤く染まっていった。耐えられなかったのか手で顔を隠してしまっている。

「理由わかっただろ」

苗字はごまかすためかプリンを食べ始めた。
まだ頬が赤いのを見るとどうしても嗜虐心のようなものがくすぐられる。悪い癖だが抗い難いものがある。

「今日苗字がもらうお返しはそのプリンだけ?」

目があった。
からかい過ぎたらしい。
苗字の目は少し潤んでいる。

(マズイな)

細い腰を抱き寄せたい。
柔らかそうな唇に触れたい。
体の全てを味わいたい。
普段は封印している欲望が新開を侵食していくのがわかる。

(止まらないかも…)

動けない苗字との距離が縮まる。
睫毛の一本一本がよく見える。
新開の瞳はピンクの唇しか映していない。
きっとチョコのように甘いのだろうと、ぼんやりした頭で考えて新開は目を閉じた。

「ムグ」

柔らかくて甘い味を期待した瞬間だった。
確かに甘い。
しかしそれは想像していた甘さとは違う。
口の中にカスタードの味が広がっている。
我に返ると柳眉を逆立てた苗字が新開の口にスプーンを入れて睨んでいた。

「これは…その……ごめん」

自分でも驚くほどにあっけなく理性は崩れていく。言い訳のしようもなくて謝るしかない。
怒られると覚悟を決めたが、苗字から出てきた言葉は意外なものだった。

「これだけだよ」
「は?」
「もらうお返しはこれだけだから」

新開の口から離れたスプーンはまた甘いカスタードをのせて苗字の口へと運ばれた。
もう怒ってはいない。それどころか心なしか笑っているようにも見える。
カラメルが少しついた唇に生唾を飲み込む。

「オレ余計なこと口走りそう…」

暗黙の了解で言わない2文字を言ってしまえたらどれだけ楽だろう。
しかし無視を決め込んだ苗字は美味しそうにプリンを食べている。

「プリンになりたい」
「うわ、本当に余計なこと言ってる」

彼女を食べたいなんて毎夜毎夜考えているけれど、彼女に食べられてしまいたいとすら思ってしまう自分は本当に重症だ。
それでも彼女の一口一口から目が離せないのだから恋は病とはよく言ったものだ。




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