*被害者・銅橋


「あ、銅橋」

混んでいる学食で空いている席を探していると、ヒラヒラと手を振る女子生徒がいた。

「ウッス」
「席探してるならココどうぞ」

自分の前の空席を勧めるのは、箱根学園自転車競技部元マネージャーの苗字だ。すでに部は引退して受験勉強に専念しているが、部の中では相変わらずの人気ぶりだ。たまに顔を出すと黒田を筆頭に人だかりができている。
人気の苗字とハグレ者の自分。妙な取り合わせだが、手に持った定食と空腹に抗えず大人しく腰を下ろす。

「新開さんはいないんすか?」
「隼人?いないよ?」

問われたことが不思議といった様子だ。銅橋の記憶では2人は恋人同士だったはずだが。主にレギュラーメンバーのマネージメントをしていたことが多い苗字との接点は多くなかった。だがそれでも2人のことは部内、いや校内で有名だ。

「銅橋はお昼それだけでいいの?」

指差されたのは定食とパンだ。それだけと言うにはいささかズレている。

「新開さんと比べないでもらえますか?」
「いや、荒北も結構食べるし」
「荒北さんも例外ですから」

2つ下の学年の銅橋から見た苗字はしっかり者のマネージャーという印象だったが、こうして話してみるとだいぶ違うものだと思う。
話しているとどんどん肩の力が抜けてくる。普段は聞けないことも尋ねてみようという気にさせるくらいには。

「苗字さんは1年の頃からマネージャーやってるんですよね」
「そうだよ」
「その…1年の時から新開さんは速かったって聞いて」
「速かったよ。パワータイプじゃなかったけど」
「マジすか」
「だって1年の頃なんてまだヒョロかったもん。銅橋の方がよっぽどガタイいいよ」
「いや、オレと比べんのもちょっと…」

さきほどから苗字の比較対象がおかしなせいで話があらぬ方向へ行く。
部活での苗字は端的で無駄がないのでどう対処すればいいのか戸惑うばかりだ。

「じゃあ銅橋は何と比べれば満足する?」

目を細めて銅橋を見つめる苗字がいた。挑発するようでどこか掴みどころのない態度。
ピリッと背筋に緊張が走る。
苗字は黙って銅橋を観察している。

「それ以上いじめてやるなよ」

カタンとトレイを置く音で硬かった空気が一気に和らいだ。
苗字の隣に新開が座って「悪いな銅橋」と苦笑した。

「新開さん…」
「邪魔しないでよ隼人」
「名前はやり過ぎなんだよ」

苗字は新開を睨みつけるが、知らぬ顔で手を合わせて食べ始めている。ちなみに新開のトレイには定食(白米特大盛り)とパンの袋が複数とプリンが乗せられている。
やはり比べないでほしいものだ。

「銅橋あんまり気にすんなよ。名前は気に入った奴を焚き付けるのが好きなんだ」
「はぁ……」

チラリと見ると明らかに機嫌を悪くしている苗字がご飯を掻き込んでいる。本当にこの2人は付き合っているのかという疑問すら浮かぶ雰囲気だ。クラスメイトのカップルはもっとベタベタしていてこちらが顔をしかめたくなるくらいだというのに。

「銅橋は最近どうだ?」

苗字のことなど気にしない様子の新開が聞いてくる。正直、銅橋の方が落ち着かない。

「前よりは何とか…泉田さんのおかげです」
「そうか」

無視しているようでこちらの話を聞いている苗字が少しだけ表情を崩す。全く態度に出ていなかったが心配してくれていたのかもしれない。
銅橋が一人で物思いにふけっていると、唐突に新開がトレイに乗っていたプリンを名前の前に置いた。

「……これで機嫌が直るとでも?」
「半分くらいは直るんじゃないか?」

半分なのか。意外と根に持つタイプなのだろうかと銅橋は単純な感想を抱く。

「あと半分は後でな」

新開がフッと意味深に笑う。
苗字は口を開きかけて、結局何も言わずにプリンを食べ始めた。しかし、さきほどまでのトゲトゲした様子はもはやなくなっていた。

(これは…オレ退散した方がいいんじゃねェか?)

男女のことに疎い銅橋でもわかる。完全に空気が変わっている。このままここにいてはいけない。
さっさと残りの食事を飲み込むように処理する。

「じゃあオレは失礼します」
「部活頑張って」
「泉田に宜しくな」

軽くお辞儀をして席を立つ。
そして2人の横を通り過ぎたところで違和感に気づく。

(新開さんのペース遅いな)

大食らいの新開にしてはゆっくり食べている。なぜだろうと振り返って、銅橋は固まった。
2人の正面に座っている時は分からなかった。

(マジか……)

テーブルの下で新開の右手が苗字の左手を絡め取っている。
見てはいけないものを見た。
表立ってイチャつかれるより余程エロい。

(いつから…)

苗字は両手を使ってプリンの蓋を開けていたはずだ。そして「あと半分は後でな」と笑った新開に何か言おうとして、苗字は口を閉ざした。

(ならあの手は『後で』じゃねェんだよな)

では『後で』はどうするというのか。
好奇心はあるが考えてはいけない。
次に2人と顔を合わせたら絶対今日のことを思い出してしまうだろうと、銅橋は溜息をついた。




prevnext

back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -