*チョコレートよりも


「初めてちゃんとチョコもらえた気がする」

2月14日になって数分。新開は部屋でチョコを口に含みながらしみじみと言った。
1年の時は自らねだった。
2年の時はそれと知らずに食べた。
そして3年の今年、ようやく目の前で名前から手渡された。

「面白くなくてごめんね」
「いや、面白さはいらねぇな」
「そう?」

隣に座る名前は自分用のチョコもちゃっかり用意しており、ワクワクした顔で包みを開けている。名前の興味が自分ではなくチョコの方に向いているのがいささか不満だ。

「……なぁ」

名前の耳元でただその一言を囁く。

「今から食べるんだけど」

耳にかかる吐息を手で防ぎながら新開の意図を察して牽制してくる。だが行為に対する否定の言葉ではない。名前の首筋をひと舐めするとピクリと身体が反応した。

「名前はチョコ食べててもいいぜ。いつもよりもっと甘くなるかもな」

少し意地悪くしてみると、名前がチョコをテーブルに置いた。

「終わってからにする」
「食べてていいのに」
「食べていられるわけないでしょ」

名前のため息をキスで塞いで体を抱える。ベッドに下ろすとすでにその気の名前は新開の首に腕を回してくる。
まだ口内に残るチョコの残り香が媚薬のようで、新開の頭の中は甘く濁っていった。


***


「忘れ物」

翌朝、自主登校で人もまばらな図書室で問題集を広げる名前の前に差し出されたのは中身の詰まったチョコの箱だ。
恨みがましく見上げてそれを受け取る。

「結局食べられなかったし」
「悪かったよ」

朝目覚めて時計を確認した瞬間血の気が引いた。何とかバレずに自室へ戻れたものの、チョコを忘れて来たことに気付いたのは登校途中だった。

「受験生に対する気遣いはないのか」
「よく眠れたろ?」
「寝たというより気絶だし」

正直昨夜は半分くらいしか記憶にない。ひたすら愛され続けたのは体の具合からわかるのだが、果たしてどれくらいの時間されていたのだろうか。

「チョコに嫉妬するなんて信じらんない」
「何だ。知ってたのか」

新開の性格とあのタイミング。名前にとってそう結論付けるのは難しいことではない。受験でしばらく2人きりになれていなかったことも拍車をかけたのだろう。

「お詫びにホラ」

コトンと置かれたのは可愛くラッピングされた箱だ。不思議に思って新開を見る。

「バレンタインは愛の告白の日だろ。名前だけなんてズルイからな」
「ズルイって…」
「オレも名前に告白したい」

今更何を言うのかと思うのだが、残念ながら新開は大真面目だ。

「隼人からはもう十分受け取ってるから」
「まだだな。まだ足りねぇよ。もっと受け取ってくれよ」

指を絡ませてくる新開の瞳が光る。手から伝わる熱が心臓を急かしていく。
流されてしまいそうになるのをぐっと堪えて名前は一つ息を吐く。

「受験終わったら受け取るから。今日はチョコだけもらっておく」
「オーケー。ホワイトデーの3倍返しも楽しみにしててくれよな」

受験が終わったらどうなってしまうのだろうか。目の前で笑う新開が少し怖い。
もらったチョコの包みを開けていると思い出したように新開が呟いた。

「お、肝心なこと言ってないな」
「何?」
「名前、好きだよ」
「……っ!」

新開が箱の中からチョコを一つ摘まんで名前の目の前にかかげてみせる。
昨夜ベッドで見せた微笑みと同じものを浮かべられて平然としていられるわけがない。さきほど懸命に働かせた自制心はチョコより速く溶けてしまう。
目を閉じて待っていると、柔らかな感触の後にカカオのビターな味がした。




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