02.5


談話室の前を通りかかると中から名前を呼ぶ声が聞こえた。

「呼びました?荒北さん」
「呼びましたじゃねーよ!黒田てめェ揺さぶりかけやかって」
「荒北、それは八つ当たりだ」
「ッセ!やっと自転車乗れるようになったのにまた落ちてんじゃねーかアイツ」

面倒なことに巻き込まれた。
東堂の言う通り八つ当たりだ。しかも当人ではなく荒北だ。
それにしてもさきほどの食堂での新開といい荒北といい、告白したことが周知の事実とは。プライバシーも何もあったものではない。

「オレが遠慮することじゃないですし。しかも何であの人が落ち込んでるのか理解できないんですけど」
「黒田の言うことはもっともだな」
「アイツがバァカだからだよ!」

新開の様子がおかしいことは知っていた。自分が動き出したあの日からまた彼女を避けている。無視しているわけではなく最低限の会話はしているのでほとんどの部員は気付いていないが、荒北や東堂(おそらく福富もだ)の近しい人間は違和感を抱いただろう。

「何で新開さんの心配なんですか。普通オレを慰めたり励ましたりするもんじゃないですか?」
「黒田は慰められたいのか?」
「そもそも落ち込んでねーだろ」
「うっわヒデェ。これでも少しはへこんでるんですよ」

元々好きだと自覚した時から失恋が決定していたのだ。自分の気持ちもとうにバレていた。告白したところで何が変わるわけでもないが、はっきりと引導を渡されればそれなりに傷つきもするのだ。

「せっかくオレがきっかけを作ったのに、何をもたもたしてるんですか」
「やっぱりわかっていて告白したのだな」

新開が部活へ戻ってきた。元通りになったように見える。しかし違うのだ。
彼は思い知ったはずだ。手離そうとしてできなかったものを。

「他のどうでもいい奴の告白などではダメだからな。本当に苗字のことを考えて告白してくる人間でないと話にならん」
「オレが該当すると?」
「黒田は自分が玉砕することなどどうでもいいくらいには苗字のことが好きだろう?」
「……っ」

他人から自分の気持ちを言われると恥ずかしいものがあるが、その通りだった。

「で、黒田が告白したら何か変わるわけェ?」

荒北のやる気のない質問に、東堂は苦笑して続ける。

「ああ、変わる。恐らく隼人は自分以外の誰かと苗字が付き合う可能性なんてこれまで微塵も考えたことがなかったはずだ」
「マジかよ…」
「まぁそれは苗字がそう仕向けていた感もあったから仕方ないがな。そこにわずかでいい、苗字が振り向いても『仕方ない』と思わせるような人間が現れたら…」
「それでも『譲れない』と思いますよね。新開さんは一度あの人を手離そうとしたのにできなかった。そんな自分のことはよくわかってるでしょうから」

東堂の言葉を引き受ける形で黒田が結んだ。
東堂は難問を解いた生徒を見るように微笑んでいる。荒北はいまだ問題が解けないようで頭をガシガシと掻きむしる。

「ならどうして落ちてんだよ」
「それも黒田だからだろうな。黒田は真逆なんだ。自転車のことも苗字のことも、自分の持っているものを捨てて進んでいける。隼人は違う。捨てられないんだ。捨てる覚悟がない自分を弱いと思っているのかもしれないな」

少しだけ聞いた。新開がインターハイを辞退した理由。
普段なら奮い立たせるはずの彼女は静観することを選んだ。それだけ新開の背負ったものが重いということだ。

「重いものを背負って動けない。でもその重さを下ろさずに立ち上がろうとしているなら、オレは弱い人間とは思いません」

黒田の言葉に東堂と荒北が目を見開く。
新開のフォローをしたつもりはない。
彼女がどう考えたのか想像したら出た結論だ。

「オレはあの人の笑顔が見たいだけです。だからオレはオレのできることをしただけだ」

この手に残るものはないかもしれない。
それでも欲しいものがある。
だから前を向いてできることをするだけだ。
今ならあの夏の日、彼女が見つめた先のものを一緒に見られる気がした。




prevnext

back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -