*8月3日


静かだ。
だがそんなはずはない。
表彰式の余韻があたりを埋め尽くしているのだ。しかしその喧騒はやけに遠く聞こえる。自分の周りだけ世界から切り離されてしまったのだろうか。

「終わったよ」

新開から差し出された花束を無言で受け取る。
笑顔で一言「おめでとう」と伝えねばと思うのに口を開くことができない。
何を言えるというのだろう。
祝福の言葉は出て来ないのに、労いの言葉も、慰めの言葉も、全て違う。
早く何か言わなくては。
焦る名前を制するように新開が口を開く。

「名前は優秀なマネージャーだったぜ。オレたちはみんな感謝している。名前がマネージャーでよかった」
「違うでしょ…!」

震える唇から出たのは叫びだった。

「今、私にそんなこと言わなくていいっ…!私のことなんて気を遣う必要ない…!」
「だからだよ。オレは誰よりも名前のことを気にしていたいんだ。名前自身よりもな」

もっと良い環境を整えられたのではないか。
もっといい練習プランを考えられたのではないか。
先程から重い感情が何度も名前を染めようとしてくる。

(わかってる)

みんな最高の走りをした。
全力を出し切った。
それでも敵わなかった。
それだけだ。

(わかってるのに)

自分の感情が暴走しそうになる。
悲しいのか悔しいのか、それすらゴチャゴチャで、どうすればこの感情の渦を受け止めることができるのだろうか。
新開はそんな名前の心を見透かしているように冷静だ。

「やっぱり泣くのは嫌か?」
「嫌」

目の奥から迫ってくるものの存在を感じる。
だがそれを零すことは自分が許せない。

「なぁ名前。自分がペダルを回していないからって理由だけで泣かないなら、それは間違ってるぜ。オレたちは一緒に戦ってきただろ。名前はいつでも全力だった」

慰めているわけではない。
宥めているわけでもない。
ただ淡々と告げるだけの新開に、建前で固めようとする名前の心はどうしてか溶かされていく。

「オレも靖友も尽八も寿一もみんな思ってる。名前は最高のマネージャーだ」

新開の言葉はゴールゲートがない名前の戦いを終着へと導いていく。
見上げた空はきっと青く澄み渡っているのだろう。
視界が滲んでよく見えない。

「隼人」

深く息を吸う。

「リザルトおめでとう」

新開は手を挙げて応えると、背を向けてテントへ戻っていった。
これでよかったのだろうか。
かけるべき言葉はもっと他にあったのかもしれない。
自分の感情すらままならない名前に、今の最良の選択が何なのかなどわかりようもない。
しかし名前は一つだけ知っていることがある。

(進まなくちゃいけない)

後悔しても間違っても、進むことそのこと自体が重要だと名前たちは知っている。
名前は手にした花束を空に掲げた。

(綺麗だった)

一生忘れることはないだろう。
ラインを1番で越えていくあの姿を。
夏の日差しよりも眩しく輝いて駆け抜けていったあの背中を。




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