*欲しいものは


大きなもみの木や数々のイルミネーションが街を彩っている。街全体がクリスマスであることを主張して人々を駆り立てているようにすら見える。

「ないな」
「ないね」

久しぶりのデートはタイミングよくクリスマス前でもっと盛り上がってもいいはずだが、2人揃って溜息をつく。

「何でグローブ買っちゃったの」
「欲しいものは自分で買うだろ」
「そこはさぁプレゼントにとっておいて彼女に買わせるとか気を利かせてよ」
「そんな気の利かせ方聞いたことないぜ」

お互い悩んだ末にクリスマスプレゼントは何がいいか本人に聞いてみたのだが、元々物欲の薄い者同士、望む答えが得られずこうしてデートも兼ねて街まで出てきた。店を回れば何か欲しいものが出てくるだろうと期待したのだが何も買わないまま空が薄暗くなってきてしまった。

「女子はアクセサリーとか欲しいんじゃないのか?」
「学校と部活と寮の生活でいつ着けるの?」
「デートの時とか」
「次のデートっていつ?」
「…心が痛むな」

もらっておいて全然身につけない方が心が痛むのだ。それに、そういった外へのアピールは自分たちには似合わない気がする。

「隼人は何か欲しいものないの?」
「ねぇな。欲しいものはほとんどもらったからな」

いつもと変わらない飄々とした様子からはどこまでを言っているのか測りかねる。返答に窮していると、新開がニヤリと口角を上げた。

「えっちなこと考えた?」
「……考えた」
「ははっ。素直だな。あ、欲しいものあったな」
「何?」

待ちに待った言葉に名前が食いつくように反応する。恐喝しているように服を掴んでしまったので、新開が「落ち着けよ」と名前の手をほどく。そしてそのまま手の甲にキスをする。

「こうやって2人でいる時間が欲しいな。できればデートできる時間。部屋で過ごすのもいいけど密室だとシたくなるし…」

キザなポーズと言葉が全く噛み合っていない。しかしそんな新開にもだいぶ慣れた。名前は新開の手に指を絡めて笑う。

「でも隼人は自転車乗りたいでしょ」
「それを言われるとな…。名前と一緒にいたいのも本当なんだぜ」
「私は隼人が一緒ならどこでもいいよ。何でもいい」

部屋でも外でも新開とこうして手を繋いで心通わせる時間ならばどんな形でもいいのだ。

「名前ってたまにスゲェこと言うよな」
「私は隼人が好きなだけだよ」
「敵わねぇな、ホント」

新開がそっと顔を寄せてくる。ゆっくり目を閉じると触れるだけの優しいキスが贈られた。

「やっぱりこれ以上欲しいものなんかないな」
「じゃあケーキ買って帰ろうか」

夜が近づいてきて風も冷たくなってきた。
そろそろ寒がりの新開が大きな体を縮こまらせて顔半分をマフラーに埋める頃合いだ。
至る所に貼ってあるケーキのポスターを見ながらどれがいいかと話していると、何となしに新開が言った。

「ケーキと言えばウチは弟がクリスマスのすぐ後に誕生日でさ」
「隼人、弟いるの?」
「あれ?言ってなかったっけ?」

初耳だ。
考えてみれば、毎日顔を合わせているのに話題と言えば自転車やチームメイトのことばかりだ。寮生活で家族と離れているせいもあるのだろう。
名前も家族のことを話したことはなかったかもしれない。

「お互いのことはだいたいわかってるつもりだったけど、案外まだ知らないことも多いのかもな」

自転車に乗っている新開と、自分に触れてくる新開。それが新開の全てでない。しかしそれを知っていれば十分だと思っていた。

「楽しみだな」

考え込んでいる名前の手を新開がきゅっと強く握る。

「まだ知らないことがあるってことは、もっと名前のことを好きになるってことだろ」

大きなもみの木や数々のイルミネーションが街を彩っている。街全体がクリスマスであることを主張して人々を駆り立てているようにすら見える。
しかし名前の心を駆り立てるのはいつでも彼だけだ。

「あ、でもこれ以上好きになったら、オレ名前が好きすぎて破裂するかも」
「…隼人ってたまにスゴイこと言うよね」
「オレも名前が好きなだけだよ」

新開が再び名前の手をとって口づける。

「好きだ」

今度こそ言葉と噛み合ったその行為に、手の甲から体に熱が広がっていくのを感じた。




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