*彼氏の特権


夏の体育の後、クラスメイトの男子たちは皆上半身裸だ。
体育着は汗でベッタリくっついてしまい不快指数が増すので脱いでしまった。外の水道でふざけあって水浴びをした後なので髪までビチャビチャだが、幾分か涼しい気分だ。

「新開ってスゲェ体してんな」
「そうか?部活で鍛えてるだけだぜ」
「でも東堂はそんなに筋肉ないじゃん」

クラスメイトが新開の体をマジマジと眺める。
3年レギュラーで新開と合同体育が一緒になるのは東堂だけだ。クライマーの東堂とスプリンターの新開では筋肉の質がまるで違うのだから仕方ないのだが、クラスメイトに言ったところでわかりはしないだろう。

「あ、名前だ」

ゾロゾロと下駄箱で靴を履きかえていると、ちょうど移動教室で通りかかった名前に出くわした。
周りの女子生徒たちが黄色い声を上げる中、名前だけは整った顔をしかめている。

「何で脱いでんの?」
「体育暑くてさ。水浴びしちまった」
「小学生か。ちゃんと拭きなよー」

溜息とともにそれだけ言って名前は行ってしまう。
「名前待ってよ」と名残惜しそうなクラスメイトたちがチラチラと振り返りながら後を追っていく。

「苗字の反応薄いな」
「何を期待してるのかわかんねぇけど、あんなもんだろ」

クラスメイトたちのガッカリした様子に新開が苦笑する。
いわく、もっと恥ずかしがるとか焦るとかを期待してしたらしい。

「名前はチャリ部のマネージャーだぜ?男の裸は見慣れてるさ」
「そんなことないんじゃないか?苗字と一緒にいたのサッカー部のマネージャーだし」
「そこで顔赤くして見てるのもバスケ部のマネージャーだよな」

いつの間にか新開たちの周りには生徒(主に女子)が集まってきてこちらを伺っている。

「っつーかさ、新開エロいじゃん?男のオレらでもそう思うんだから、女子からしたら歩くフェロモンみたいなもんだろ」
「何だそれ」

かなり極論な気がするが、クラスメイトたちはウンウンと頷いている。ふと見るとギャラリーの中にも何人か首を縦に動かしているのが見える。

「じゃあ何で苗字は動じないんだよ。彼氏だろ?」
「だから名前はオレの裸見慣れて…」

しまった、と気付いた時には遅い。どう足掻いても出した言葉は戻すことができない。
視線が新開に集まってくるのがわかる。

「……自転車部のマネージャーだからって意味だぜ?」

新開の弁明は彼らには全く響いていない。ニヤニヤと品があるとは言えない笑みが新開の前に並ぶ。
完全に失言だ。

「やっぱりまだ拭いてない!」

新開の顔面めがけて飛んで来たのは柔軟剤の香りがするうさぎ柄のタオル。
品のない笑みの男子たちをかき分けて眉をつり上げた名前が近付いて来る。

「インハイ前の大切な時期に風邪ひくつもり?」
「…すまねぇ」
「せっかくもぎ取った4番。無駄にしたら許さないから」
「そうだな」

長いこと名前を待たせて手に入れたゼッケンだ。みすみすドブに捨てるような真似はしない。まぁ新開が言っても説得力はないのだが。
クラスメイトたちはタイミングよく現れた苗字に顔を見合わせ、目だけで相談している。

「苗字、彼氏が裸でフェロモン振りまいてるぞ」

1人がからかい口調で名前に話しかける。赤くなったり狼狽えたりの反応を期待しているのは明確だ。

「今更でしょ。服着てても着てなくても振りまいてるんだから、この際振りまいて減らせばいいんじゃない?」

名前はつまらなそうに言い放ち、踵を返す。残された男子たちは呆然と見送るばかりだ。

「振りまいてるのは否定しないんだな」
「惚気…ではないな」
「フェロモンって減るのか?」

クラスメイトたちが口々に感想を述べている。新開はそれを全て無視して小走りで名前を目指す。やっぱりすれ違う人たちが顔を赤くして見ているがそんなものは気にならない。

「名前」

小さな背がピクリと呼応する。

「ごめんな?」

名前の歩くペースが上がる。しかし身長差のある2人だ。新開にとっては何も問題はない。
あっさり追いついて横に並ぶ。

「謝るくらいなら早く服着てよ」
「それはどういう理由で?」
「理由って………」
「名前がオレに服着てほしいのは風邪をひかせたくないだけか?」

そのままでも数分後の次の授業までには着替えることがわかっていたはずだ。なのにわざわざタオルを持って戻ってきた名前を考える。
無言で睨んでくる名前こそが答えそのもので、暑かった不快感などとっくに消え去っている。

「他の奴に見せたくないなら、痕でもつけるか?」

トンと自分の胸を指して笑う。垣間見た名前の独占欲は新開の気を強くしている。

「じゃあ痕つけさせてもらおうかな」
「は…?」

てっきり怒られるかと思っていたので予想外のことに硬直していると、名前が目の前に迫ってくる。彼女の上目遣いにゴクリと喉が鳴る。

「名前……ってぇ!いひゃい!」
「隼人のほっぺ柔らかい…なんか悔しい」
「名前、痛ぇんだけど」

新開が涙目で訴えるとようやく頬は本来の位置に戻った。容赦なく横に伸ばされたので恐らく赤くなっているだろう。

「からかうから仕返し」
「悪かったよ」
「早く服着て」
「オーケー」
「あと、夜に別の痕もつけに行くから」

クスリと笑って新開の胸を人差し指でなぞった名前は自分の教室へ入って行った。
新開の肩からはらりとタオルが落ちる。

「……え?」

まさか名前がそんなことを言うなんて。夢じゃないかと頬をつねってみると、ただでさえヒリヒリと腫れていたところだったので必要以上の痛みを感じる。

「新開ー大丈夫か?」
「うわ、頬赤いな」
「イケメン台無しじゃん」

頬を伸ばされてよかった。
おかげでクラスメイトたちは気付いていない。
新開の顔が別の意味で熱くなっていることに。

「苗字は新開に厳しくないか?」
「それは当然だな」

例えばこれが東堂や荒北なら名前はこんなに怒らない。
頬の痛みさえも彼女の独占欲の証だと思うと笑みがこぼれる。
これは新開だけの特権だ。
彼女から向けられる全ての感情が愛おしい。
タオルに顔を埋めると、ほんのり甘い柔軟剤の残り香が鼻孔をくすぐる。癖になりそうなそれは彼女そのもので、今夜は彼女に顔を埋められるのかと思うとタオルにすら欲情していまいそうだ。

「オレは名前の彼氏だからな」




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