*ゼッケン4番


夜が深くなってきた。明日のためにもそろそろ寝なければ、そう思うのに胸はいまだ静まらない。
ベッドに入ればそのうち眠れるだろうと開き直った時、窓に何かが当たる音がした。風だろうかと訝しむと、またコンコンと鳴る。
恐る恐る小さくカーテンをめくってみると窓の向こうから新開が手を振っていた。慌てて鍵を開けて招き入れると「名前の部屋、久しぶりだな」と呑気に見回している。

「どうしたの?急に」
「彼氏が部屋に来ちゃダメか?」
「そういうことじゃなくて」

混乱する名前の頬に手が添えられ唇が重なる。

「名前に会いたくなったんだ」

微笑む新開に、昼間見た光景が重なって目の奥から熱いものがこみ上げてくる。

「…ちょっと、待って」

慌てて顔をそらそうとしたが、新開はそれを許さない。

「顔見せて」
「だからちょっと待ってよ」
「頑固だな。じゃあこうするか」

手を引かれた途端ベッドに組み敷かれる。もう一度降って来たキスは優しくて熱かった。

「どうしたの、隼人」
「名前を泣かせたくなった」

その一言に、新開が何のために名前の部屋まで訪れたのかようやく理解した。

「泣いてもいいんだぜ?」
「何でよ…おかしいじゃん…これからなのに」
「でも、名前は待ってたろ。オレが4番を手にする瞬間」

脳裏に蘇る光景。
部員たちがインターハイメンバーの決定に沸いている。
新開の手にあるゼッケン4番。
どれだけ焦がれ続けたかわからない。

(夢みたいだ)

陳腐な言葉だと思うのに、それ以外表しようがなくて。
目を閉じたら本当に夢になってしまいそうで、名前は必死でその姿を網膜に焼き付けた。

「泣きそうな顔しているのに泣かなくてさ。今もまだ泣かないんだからな」
「インハイで優勝するのが目標なのに、メンバーに選ばれただけで泣けないよ」
「確かに名前の言う通りだよ。ここがスタート地点だ。でもオレにとっては特別な数字だから」

何度も諦めそうになった。しかし仲間がそれを許さなかった。
名前はずっとそんな彼らを見てきた。新開を見続けてきた。
箱根学園の4番は重い。
だが新開にとってはそれ以上の意味を持つ数字なのだ。

「名前、ありがとう。オレを支えてくれて。オレを信じてくれて。オレを…好きになってくれて」

1年前のあの日。
何もできないと思った。
何もできない自分はそれでもできることをやるしかなかった。
重荷になるかもしれない。押しつけかもしれない。でも名前はあの直線を走る鬼を信じようとした。
その選択は間違っていなかったと、思ってもいいのだろうか。

「やっと泣いたな」

髪を撫でる大きな手、もう片方は名前の瞳から溢れた涙をすくう。
堰き止めるものがなくなり、どんどん流れ出てくる涙を新開は愛おしそうに何度も拭う。その表情は満たされていて、名前は答えを得られた気がした。


***


「…名前、寝ちまったか?」

泣き疲れて眠った名前はいつもより少しだけ幼く見えた。

「自分のために泣くのが下手だなぁ」

いつでも新開のことを考えてくれる。
数ヶ月ぶりに来た名前の部屋。ここに来た回数はごくわずかだ。
万が一寮監に見つかった時に女子が男子の部屋にいることと、男子が女子の部屋にいることでは意味合いがまるで違う。
名前は迷うことなく前者を選んだ。

「いつでもオレのためを選んでくれる」

いつかその全てを返すことができるだろうか。
惜しみなく注いでくれる彼女の愛情に自分は報いることができるだろうか。

「どれだけ好きって言っても足りないくらいだ」

(ああだから……)

人はあの言葉を告げるのか。

(まだ言えない)

だけど、もう少し。




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