01 April


出会いは最悪だった。

「苗字か?」

金城のよく通る低い声に振り返ったのがその女−−苗字名前だった。
金城を認めて駆け寄ってくる。

「金城!」
「苗字も洋南だったんだな」
「3年の時はクラス違ったからわかんないよね」
「また宜しくな」

どうやら金城と同じ総北高校だったようで親しげに語らっている。語らっているといっても会話の7割は彼女の発したもので、金城は目を細めて相槌を打っている。それでも楽しげであることには変わらず、荒北は自分が邪魔だろうと気を利かせて肩を叩く。

「先行ってっからァ」
「ああ」
「友達と一緒だったんだよね。ごめんなさい。金城、また連絡す………」

ペラペラ飛び交っていた言葉が止まる。
不自然な流れにどうしたのかと気になり荒北も彼女の方を見ると、なぜか自分をジッと見つめていた。

「な…何だよ…」
「荒北くん?」
「は?何でオレの名前…」

荒北の動揺に、ハッと我に返った苗字がバツ悪そうに笑う。

「私高校は千葉だったんだけど、その前は神奈川…荒北くんの隣の中学に通ってたんだ」

それでピンと来た。
当時地元ではそれなりに名前を知られていたから。

「あっそ。偶然ダネ」

話題を切るためにできる限り素っ気なくした。
苗字も察したようで「じゃあまた連絡するね」と金城に手を振って去って行った。

「荒北の実家は横浜だったか」
「そーだけどォ?」
「わかりやすいな」
「ッセ」

野球をやめて自転車に出会った。
今の自分に満足しているわけではないが、少なくても全てに反発するしか存在意義を見出せなかった頃よりはマシだと思っている。
それでもまだ昔の――野球をやっていた自分を知る人間と当時の話を笑ってできるほど荒北は大人になれていない。


***


できれば接点を持ちたくない。
逃げの考えだとわかっていても思わずにはいられないのが苗字名前の存在だ。
あの出会い方では否が応でも彼女は『金城の知り合い』としてよりも『昔の自分を知る存在』といて荒北の中で認識されてしまう。
しかし金城の知り合いである以外荒北と彼女の共通点はないはずで、この広いキャンパスの中でそうそう会う機会もないだろうと安心し始めた矢先の出来事だった。

「あ、荒北くん」

荒北は忘れていた。
大学1年は一般教養という学部に関係ない講義も多いのだということに。

「ドーモ」

月曜1限という死ぬほどやる気の出ない講義に彼女はいた。
目が合って手を振られた手前、避けるのもためらわれたので彼女の後ろの席に座る。

「この間はゴメンね」

いきなりの謝罪にノートを取り出す手が止まった。

「いきなり名前呼ばれて、昔のあなたを知ってますーなんて失礼にも程があるなって」

全て図星であるため反論のしようがない。
そして軽く流せるほど、この話題は荒北の中で消化できていない。

「嫌ならもう声掛けないし、この講義で会ってもスルーするから」
「そこまでじゃねーし。オレが心狭えみてぇだろ」

さすがの荒北も極論すぎる展開に動揺して口を開く。
苗字は首だけ荒北の方を向いて様子をうかがっている。

「でも嫌そうだったから。昨日も、今日も」

正確には嫌というよりも苦手だった。初対面で荒北の中央に入り込んできたのだ。警戒しないはずがない。

「嫌じゃねぇよ。その…この講義知り合いいなかったから宜しく頼むわ」

素っ気ないと思う。話の核心からそれている返答だという自覚もある。
だがその時の荒北にとっては精一杯の言葉であるのは確かで、それが伝わったのだろう苗字は白い歯を見せて笑った。




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