*チョコレートケーキの秘密


甘い匂いで満たされるこの日。男子も女子も胸をドキドキ高鳴らせているに違いない。
新開隼人もその1人だった。

「まだもらっていない?」

ローラーを回しながら首を傾げたのは東堂だ。すでに紙袋両手いっぱいにチョコを贈られたことを自慢げに語っているところに、新開が名前からチョコをもらっていないことを告白したのだ。

「これから2人で会う約束をしているのではないか?」
「いいや。むしろ女子寮で友チョコ会があるんだとかで断られた」
「苗字も相変わらずだな…」
「フラれてやんの」
「荒北、隼人が本気でへこんでいる」
「ケッ」

新開の気持ちも察して余りあるものがある。
付き合って初めてのバレンタインなのだから期待しないのは無理というものだ。ましてや甘いもの好きの新開が名前からのチョコを楽しみにしていないはずがない。
しかも友チョコ会があると言っているからには行事そのものを忘れているわけではないのだから始末に悪い。

「そう言えば今日は女子マネがチョコケーキを差し入れてくれるのだったか」
「さりげなくトドメ刺してんですけどォ」

ローラーを回す足を止めてとうとう新開がうなだれた。


***


「うまそうじゃナァイ?」
「ほう。なかなかの見栄えだな」

練習後、女子マネージャーたちが出してきたのは手作りとしては上出来なチョコレートケーキだった。デコレーションもシンプルだが丁寧だ。

「これ作ったの苗字だよな」
「そうだろうな。性格が出ている」
「こら新開、全部取ろうとするな」
「あ、新開さんはこちらにすでに取り分けてあるんですよ。たくさん食べるだろうからって」

後輩マネージャーが差し出した大きめの皿には全く同じチョコレートケーキが載せられていた。

「よかったじゃねェか。特別扱い」
「特別扱いだけど、彼氏の扱いではない気がする」
「ム。うまいな」

釈然としない新開を無視してチームメイトたちはおいしそうにケーキを食べていく。綻んだ顔が何より味を物語っていた。
これだけの量のケーキを作ったのだから自分だけの手作りを望むのは酷かもしれない。しかし市販のものでも彼女からチョコがもらいたいと思うのはそんなに贅沢だろうかと考えながら、名前が作ったケーキを口へ運んだ。


***


その日の帰路の話題はやはりチョコレートケーキだった。

「あれはうまいな」
「ケーキなんて久しぶりだったけどナァ」
「アップルパイも作れるだろうか」
「誕生日に頼んでみたらどうだ?フク」

みんなの満足そうな様子にさすがの新開も今年は諦めようと話題へ入る。

「確かにうまかったな。中にバナナも入ってたし」

新開の感想に他の3人がペダルを止めた。慌てて止まって振り返ると荒北と東堂、福富までもが口元を緩めて顔を見合わせていた。

「何だよおめさんたち…」
「フク、荒北。今日オレたちが食べたケーキだが、中身は何だったか覚えているか?」
「もちろんだ。甘さ控えめのチョコクリームだった」
「あれにバナナが入ってたらもっとうめェだろーな」

新開は3人の言わんとしていることを即座に理解した。

「…………っ」

新開のケーキには中にたっぷりバナナが入っていた。好物であるバナナが。

「顔が赤いぞ、新開」
「同じと見せかけて彼氏にだけ特別なケーキとはな」
「カッワイイことしてくれんじゃナァイ」

みんなの前で自分だけの特別なケーキを食べていたのかと思うと、とんでもなく恥ずかしい反面、声高に自慢したかったと惜しむ気持ちがある。

「おめさんたち先に帰っててくれ」
「今日の部室の鍵番は急遽変更になったからまだ残っているはずだ」
「フク、なぜそれを早く言わないのだ」
「口止めされていたのでな。気付くまで言うなと」
「福チャン知ってたのォ?」
「何のことかまでは知らなかったが、このことで間違いないだろうな」

Uターンした新開がものすごい速さで部室へ戻っていく。

「直線鬼復活してねェ?」
「仕方ないだろうよ。オレがあいつの立場でもそうなる」

すでに見えなくなった後ろ姿に東堂が微笑んだ。その横ではなぜか荒北が顔をしかめている。

「あいつ今日ちゃんと寮に帰って来んだろうな?」

先程の新開の様子ではどうだろうかと3人が揃って呻る。

「部活の居残りを理由に帰寮時間が遅くなる届けを出しておこう」
「福チャン頼めるゥ?埋め合わせは新開にさせっからァ」
「問題ない。苗字のためだ」
「おまえたちはつくづく苗字に甘いな」

東堂はそれでも帰寮しなかった場合の言い訳を用意していたがそれは杞憂に終わった。
夕食も終わった頃、消灯時刻よりは少し前に新開は寮に帰って来ていた。

「友チョコ会ははずせないってさ」

2人きりの時間が短くなったはずの新開は幸せそうな満面の笑みで、そうだ、1番甘いのはこいつだったな、と東堂は天井を仰いだ。




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