*誕生日


インターハイも近くなった7月。期末考査も終わりあとは練習あるのみだ。
今年は2年生にして福富がインターハイ出場を決めた。本当はあと1人いたのだが、それはまた別の話だ。

「朝から呼び出しばかりだな、隼人は」
「今日は仕方ないでしょ」

空のジュースのパックを咥えたまま返事をすると、行儀が悪いと東堂に取り上げられた。
2人が覗く窓の下には新開と見知らぬ女生徒がいる。

「どうせ呼び出すならもっと目立たない場所にすればいいのに」

名前の呟きに東堂は相槌すらない。女の子大好きなくせに名前に対しては非常にドライだ。

「苗字、おまえ今日一日そんな顔をしているつもりか?」
「私どんな顔してる?」
「可愛さのカケラもないな」
「何で東堂は私に冷たいのぉ」
「他の奴らが甘過ぎるからな」

涼しい顔で自転車雑誌をめくっている。悔しいがうるさくない東堂はキレイだ。だからますます可愛くない顔をしているだろう自分が悲しくなる。

「そんな顔するくらいならおまえも渡してくればいいだろう」
「何で私がプレゼント用意してる前提ナンデスカー?」
「用意していないほどバカじゃないと思っているのだがな」

山神サマには全てお見通しらしい。ふくれっ面の名前に「美しくないな」と言い捨てて雑誌に目を戻した。
ますます気に食わない。
渡すことはできる。渡せないほど遠い間柄ではない。しかしいつ渡すかが問題なのだ。
呼び出すのはおかしい。だがみんなの前で渡すのも違う。

「早退しようかなぁ」
「逃げるなバカモノ。サボりだとチクるからな」

にべもない。
再び窓の下を見てみたがすでに誰もおらず、新開がプレゼントを受け取ったのかもわからず仕舞いだ。名前は鈍い音とともに顔から机に突っ伏した。

「いい音したけど、大丈夫か?」

頭上からの心配そうな声は今聞きたくない人間のものだった。

「気にするな。放っておけ」
「東堂はファンクラブの女の子たちに対する優しさの半分くらい私に分けてくれてもいいと思う」
「おまえはオレのファンじゃないだろう」
「とーどーさまぁいつもの指さすやつやってー」
「デコピンでいいか?」
「おめさんたち仲いいな」

この会話を聞いてどうしてそうなるのか。
新開は名前の隣の席に腰を下ろす。席を外したクラスメイトを理不尽に恨みそうになる。

「疲れた顔だな、隼人」
「ん?ああ…そうかな」

7月15日。
新開隼人の17歳の誕生日である今日、ここぞとばかりにファンの女の子たちがプレゼントを渡しに来る。朝からずっと、この瞬間まで新開は必ず女の子とセットだった。
東堂と違い、普段ファンクラブとの接触が少ない新開にとって女の子の扱いは難しいのだろう。端的に言って困惑しているのがわかるので、それだけが名前にとっては救いだった。

「ファンは大事にしろよ」
「尽八が言うと説得力あるな」

東堂は何でもないようにファンの女の子たちへサービスしているが、実はバランスがとても難しいことを名前は理解している。考えてなのか感覚なのかわからないが、東堂はその均衡を保つのに長けていた。反して新開は決して巧いとは言えない。

「尽八、昼飯一緒に食わねぇか?」
「ごまかすなよ、隼人。それは誘いじゃなく頼みだろう」

痛いところをつく。
女の子からの呼び出しを昼休みは予定があると言って断ったのだろう。辻褄を合わせるため誘った東堂は隠しているはずの核心を曝け出す。絶対に見逃したりはしない。

「尽八はオレがお願いしたら聞いてくれるのか?」
「断るな」
「そうか」
「頼むなら苗字にしろ」

変わらず澄ました顔の東堂が名前を横目にのたまう。いきなり名前を出された名前は狼狽する。

「何で私?」
「なぜこのオレが隼人のためにコソコソと昼食をとらねばならんのだ。今日の食堂の日替わり定食は魚だぞ」
「知らないし。いいじゃん。2人で食堂行きなよ」
「行き帰りの道すがら捕まるに決まってるだろう。いらんことばかり考えているその頭は飾りか?」
「東堂って本当に私に厳しいよね」
「あの荒北までおまえを甘やかしているからな」

黙って聞いていた新開がピクリと反応する。それに気付いた東堂が薄っすら笑う。

「苗字は近頃荒北の居残り練習に付き合っているそうだな」
「だって頑張ってるし」
「荒北は苗字の言うことなら聞くと噂があるぞ」
「それは違うでしょ。荒北は絶対文句言うよ」
「文句を言った後は聞き入れているのだろう?オレの知る限りは「苗字」」

新開が東堂の言葉を遮る。滅多にないことだ。驚いて振り向くと、新開は呼吸を忘れさせるほど真剣な目で名前を見つめていた。

「苗字。昼飯一緒に行ってくれるか」

言葉が出て来ず、ただコクコクと頷く。
東堂は何事もなかったように雑誌のページをめくっている。
新開は微笑んでから名前の頭にポンと手を置いた。なかなか離れないその手を不思議に思って首を傾ける。

「……すまねぇ」

小さく細い謝罪だ。
でも、わかってしまった。
涙が出そうになって慌てて顔をそらす。
東堂と目が合ったが下を向いたらこぼれてしまいそうで、それ以上どうすることもできなかった。

「場所、あとでメールする」
「わかった。待ってる」

最後に髪を掬って新開は教室を出て行った。気配だけでそれを察して、名前はようやく俯いた。はらはらと雫がスカートに染みていく。

「おい。ブサイクだぞ」
「うっさい。女の子に対してカワイイくらい言えないのか」
「そんなものは好きな男に言ってもらうんだな」

そっと差し出されたハンカチを握りしめて、名前は声を殺して肩を震わせた。




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