*執事喫茶に鬼が出る!


大盛況とはまさしくこのことだ。廊下には長蛇の列が形成され、整理券まで配布される始末。

「オレの魅力のせいだな!」
「勝手に言ってろバァカ」
「腹減ったな…」
「新開、もうすぐ昼休憩だから耐えろ」

自転車競技部が催す執事喫茶は尋常ではない人気ぶりで、特に人気レギュラーたちは朝から働き通しだった。初日の午前の部があと少しで終わるという時間。指名のNo.1は東堂、No.2が新開、そして真波、葦木場と続く。
執事喫茶なのでお客はケーキやクッキーといったスイーツと飲み物を注文することになっており、男子部員が接客、女子マネージャーが調理室でスイーツ作りを担当している。

「新開くん、ケーキ食べる?」
「おいしいよ。アーンする?」

執事(ホストと勘違いされている気もする)と客という設定もあってか普段よりも女子が積極的に詰めよって来る。失礼のないよう丁重に断り続けるのもなかなか難儀だ。

「新開が食べ物をもらわないとはな」
「あくまで喫茶店だからな。客の食べ物に手を出すなと伝えてあるのだよ」

妙な感心を抱く福富に東堂が冷静に告げる。

「名前が足りない…」
「おい隼人、客の前でその名前を出したら承知しないからな」

箱根には接客の鬼が出る。
あと10分。
早く昼休憩になってほしい。
東堂以外の全員の願いだった。


***


「チャリ部のケーキって苗字が作ってるって本当か!?」

昼休憩で各々寛いでいるところにバタバタと数人の男子生徒が駆け込んで来た。
各クラスからの差し入れの焼きそばやたこ焼きなどで腹を満たしていた面々はただならぬ形相の彼らに呆気に取られる。

「ケーキが何だってェ?」
「だから!この喫茶店で出してるケーキは誰が作ってるんだ?」
「苗字だが何か問題でも?料理はてんでダメだがケーキはなかなかだぞ」

ここに名前本人がいたら余計な一言にツッコミが入れられるところだ。

「頼む!ケーキだけ売ってくれ!」
「『執事』喫茶なのでな。テイクアウトはサービス外だ」
「女子だけ苗字のケーキが食えるなんてズルいんだよ」
「なら並んで整理券ゲットしたらァ?指名No.1の東堂とかどーよ?」
「オレは女子の指名しか受け付けん。そんな指名は荒北に回してやる」
「オレらだってヤローのサービスなんて受けたくねーよ!」
「…ラチがあかんな」

やり取りを見ていた福富が唸る。泉田もどうしたものかと腕組みをしている。

「苗字さん人気だねぇ。キレイだもんねぇ、バッシー」
「それはノーコメントで。でも苗字さんのケーキは確かにうまいっすよね」
「実はオレたちも接客ばかりでケーキ食べれてないんですよねーあはは」

真波の一言に皆がハッと我に返る。そして全員の視線が福富へ集まった。

「…テイクアウトに対応できる材料と時間があるか確認してみよう」
「さすが福富!!苗字は調理室だよな?オレたちも直談判するぜ」

福富の許可が出たのをいいことに、男子生徒たちは調理室へ走り去っていった。午前中の接客で疲れ果てた部員たちはただ眺めるしかない。
部員だけになった部屋の中で、ぽそりと東堂が呟く。

「…今調理室は苗字と隼人だけではないか?」

レギュラーメンバーに「あー」という何とも言えない空気が流れる。
午前中の人気を鑑みて午後分を早くも作り始めると伝えに来た名前と、それを追うように部屋を出て行った新開を思い出す。あの後、気を利かせた名前以外の女子マネージャーが全員休憩に入ると言いに来た。

「自分たちで行くって言ったんだから放置したらダメっすかね?」
「それは無責任すぎないか?ユキ」
「ここは慣れた人間に任せようではないか。行け、荒北」
「てめェが命令すんな!指さすな!」
「荒北、頼めるか?」
「……行ってやんヨ」

荒北が渋々事態の回収に向かう。
残りのメンバーは残った昼ごはんの続きを堪能した。


***


「そのケーキ、午前のやつと少し違うな」
「よくわかったね。正直予想以上で今日分の材料が怪しくてさ。アレンジしてみた」

調理台で作業する名前の隣に新開が並んで立つ。手際よく動く名前の邪魔をしないようにと思ってはいるが、頑張りの反動でどうしても構ってもらいたくなる。

「コラ。つまみ食い禁止」

綺麗に切られているバナナに手を伸ばした瞬間バレた。

「食べるなら余った先っぽのやつにして」
「………なぁ、どれなら食べていいんだっけ?」
「は?だから先っぽなら食べてい…」

察した名前が口を閉じて睨みつける。してやったりと楽しそうに笑っているのが悔しくて、背を向けてオーブンの準備をする。

「もう1回言って」
「嫌。つまみ食い全面禁止」
「ふーん?じゃあこっちにするか」

振り向きざま今度は何を食べるのかと言おうとして、唇に柔らかいものが当たる。よく知っている感触に、反射的に押し返そうとする。

「今日は譲らねぇ。マジで甘いの欲しいんだよ」

唇同士が触れながら囁く。
バナナよりケーキより甘い。どんな食べ物よりも欲している。
名前の口内を味わいながら、どこで切り上げようか模索する。このまま全て食べてしまいたいが、そんなことをしたら名前は本気で怒るだろう。新開も午後の部の時間がある。
そしてもう1つ。背後に感じる数人の視線。
名前は気付いていないようだが、誰かが調理室を伺っている。
せっかくの2人きりの時間を邪魔されたくない。恐らく名前絡みの男子生徒なので、このまま見せつけてやればいい。


***



「あー遅かったァ?」

荒北が追いついた時には彼らは調理室の外で凍りついていた。中には名前を押し倒すようにキスをする新開。予想通りの展開だ。

「荒北、あれは何だ」
「キス以外に見えるか?」

そう答えつつ、彼らがなぜこんなことを言うのかもわかっている。
親しい部活のメンバー以外の前では、2人は比較的ドライなやりとりをしているのだ。それはお互いの人気への配慮だったり教師たちへの工作だったりするのだが、良くも悪くも諦めの悪い人間が出てくる。そう、執事喫茶に来る女子生徒やここに来た男子生徒のような。

「新開って、あんな奴だったか?」
「アァ?おめェらの新開のイメージは知らねェけど、あんなだろ。特に苗字に対しては」
「新開モテるし、苗字のこと聞いてもアッサリした返事だったから…」
「マジじゃねぇと思ったワケェ?バァカ。マジだから相手のこと考えんだろ」

至極当然のように荒北は言う。

「新開は目立つかんな。まぁ苗字もだけどォ。その分色々あんだろ」

だからこそ荒北もこうしてフォローに回る。考えなしのことなら面倒事など御免なのだから。

「で、いつまで見てんだ?言っとくけど、新開はおめェらに見られてんのわかってんヨ」

男子生徒たちはますます信じられないと言わんばかりの表情だ。
新開は日頃の態度で誤解されがちだが、根っこの部分は荒々しい雄だ。レースの時の直線鬼がまさにそうだが、学校では知らない者の方が圧倒的に多い。

「テイクアウトのことはオレらが聞いておくから退散しとけ。調子乗ってここでヤられっと困んだよ」
「は……?」
「オイてめェら!そこらへんで止めとけヨォ!」

遠慮なく荒北が調理室へ踏み込んでいく。それが合図になりキスをやめてこちらを向いた新開の顔はいつもの好青年のものではなく…。

(鬼がいる!!)

男子生徒たちが慌てて踵を返していく。無我夢中で走って自転車競技部の執事喫茶まで戻った彼らは息絶え絶えに新開の豹変ぶりを語ったのだった。




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